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《番外》振り返らずに進め -2【伊原】

「ごめんな、いきなり」  彼織さんの後姿を目で追う俺に、先輩が言った。  笑いながら謝られても全く説得力無いっつーの。  通行の邪魔にならないように、と廊下の端に避けてから話は始まった。 「オレなんかにこんな事を言われるのはかなり不愉快だと思うんだけど、多分他には誰も言わないと思うから一応言っておく」  わざわざ彼織さんとの時間を引き裂いてまでして「話がある」と抜かしたクセに、歯切れの悪い語り出しだった。  もっと挑戦的な事を言われるのかと構えていたから、少し拍子抜けだ。  さては、この先輩はビビリだな。 「何ですか? 聞くだけなら聞きますよ」  身長で勝っている体型を駆使して、上からな感じで言ってやると、先輩はムッとした表情を見せた。 「もう、藤堂には近付くな」  俺の態度がお気に召さなかったようで、先輩は実にストレートな言い回しで威嚇してきた。  最初からそう言えばいいのに。  てか、わざわざ言われなくても、ある程度の予想はついていたけど。 「どうして先輩にそんな事を言われなきゃいけないんですか」  彼織さんが好きでアピールするのは俺の勝手だ。  他の奴にとやかく言われる筋合いなんて無い。 「それはオレも本当にそう思うんだけど、他には誰も言わないだろうし。でも誰かが言っておかなきゃいけない事だから」  さっきも同じようなことを言っていたよな。  誰も言わないだろうけど誰かが言わなきゃいけない、って意味不明だし。 「先輩は、彼織さんの彼氏なんですか?」 「は?」  そんな訳が無いという確信の元にわざと聞いてやると、先輩は本気で驚いたらしく間の抜けた声を上げた。 「違いますよね。だったら放っといてもらえます? 関係無いんで」  ただ単に仲の良いクラスメイトってだけで偉そうに。  彼織さんの友達だっていうのもたまたまだろ。  もし俺が同じ学年だったら、あんたの出る幕なんてなかっただろうに。 「確かに関係は無い。けど、これは伊原くんの為に言ってるんだ」 「俺の為?」  それ、違うだろ。 「自分の為なんじゃないですか、先輩」 「えっ……」  指摘してやると、あからさまに目が泳いだ。  やっぱりそうか。  それなのに「俺の為」とか言い人ぶりやがって。 「悪い事は言わないから、藤堂には関わるな」  都合の悪い展開になりそうだったせいか、先輩は俺の指摘は聞かなかったことにしたらしい。  さっきよりも強い口調で言う。 「このまま付き纏っていたら、絶対に後悔する事になるぞ」  ブチッと俺の中の何かが切れた。  元々気に食わない先輩だっていうのを差し引いても、今の言い草は無いだろ。  俺が彼織さんに付き纏ってるって?  下心がありながら、友達っていうポジションにおさまっている奴に言われたくない。  後悔する事になるって?  させてみやがれ。 「それは俺が自分で判断します。それに、ここで諦める方が後悔すると思うんで」 「伊原くんの気持ちも分かるけど、そういう次元の話じゃなくて…」  何だよ「次元」って。  俺の言ってる事がズレてるとでも言いたいのか。 「じゃあ、どんな話なんですか」 「それは……」  先輩は困ったように口篭った。  勢いで言っただけで、本当は何も考えてないのだろう。  反論できなくて、思わず口走っただけなんだろうな。  姑息なクセに浅はかだ。 「先輩はただ単に、俺に彼織さんを取られたくないだけでしょ」  自分の事は棚に上げて、俺の為とか綺麗ごとばかり言うのがムカついて反撃してしまった。 「それをこんな風に遠回しにして諦めろとか言うのって、卑怯だと思います」  こんな人が彼織さんの一番の友達だなんて。  きっと騙されているに違いない。 「そういう意味じゃ……」 「俺、あんたにだけは絶っ対に負けません!」  反論される前に宣戦布告をしてやった。  そんな事をするまでもないし、する相手も間違っているのは十分承知している。  けど、言わずにはいられなかった。

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