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《番外》振り返らずに進め -7【伊原】

「何だ、お前」  弓月にとっても予定外の登場だったらしく、かなりの不快感を露わにして上野を睨む。 「卒業生とはいえ、部外者がこんな目立つ所で暴れたらマズイですって」 「別にいいんじゃねぇの? 用が済んだらすぐに帰るし」 「その用ってのがマズイんですって」 「しょうがねぇだろ。こいつが彼織に手出そうとしやがるから」  意外にも、2人の会話も成立している。  実はこいつらも知り合いだったりするのか?  卒業生って言ってるし、中等部にいた上野と顔見知りでもおかしくは無い。  と言うか、俺以外はみんな知り合いとか。  有り得る。 「つーか、お前誰? いちいちうるさいんだけど」  俺の勝手な仮説は、弓月の投げ槍な一言によって崩れた。  あれだけ普通に喋っていたのに、上野とは初対面ってことか?  そんなバカな。 「そいつのクラスメイトです」  がっちりと捕獲された状態の俺を指して上野が答えた。 「そいつ外部生だから弓月さんのこと知らないんですよ」  真面目な顔で上野が言う。  それ、どういう事だ?  この弓月って奴は、この学校では知らぬ者がいない有名人だとでも言うのか? 「そうなんです!」  何故か、なっちゃんと呼ばれた先輩も参戦してきた。 「ちょっと説明不足だったって言うか、時間が無かったって言うか」 「そっかそっか。じゃあ、俺が今からたっぷり時間をかけてお話をしてやろう」  笑顔でそう言いながら、ぐっと俺を捕らえる腕に力が入る。  先輩としては良かれと思って言ったんだろうけど、完全に逆効果なフォローだった。  余計な事言いやがって、と思わず舌打ちをした途端、首が絞まって呼吸が困難になった。  弓月が俺の肩に回していた腕を首に移動させたのだ。 「っ……!?」  咄嗟に首を覆う腕を掴んだ。  掴んだ所で、力の差がありすぎてどうにも出来なかったけど。 「と、思ったけど、やっぱり時間が勿体無いから手短に済ましちゃおう」  酸素を求めて苦しむ俺を見て、楽しそうに言う。  喉を潰されるんじゃないかという恐ろしい発想が生まれるくらい、弓月の力は強く、表情は輝いていた。  冗談じゃない。  こんな訳の分からない奴に、どうしてこんな目に遭わされなきゃならないんだよ。  文句を言おうにも、口は空気を求めてパクパクするだけでとてもじゃないが言葉を発せる状態じゃない。  まずは、この腕から逃れる事が先決だ。 「弓月さん、ちょっと落ち着いてください」  俺の状態を案じて上野が口を出す。  もっと言ってくれ、と心の中で応援していたのも束の間、足が地面を見失い景色がぐるりと回転した。 「うっ!」  ガンッと背中に衝撃が走る。  さっき落下した机が同じ目線にあるということは、地面に倒されたらしい。  自分の置かれている状況を確認するより先に、無防備になっていた腕を掴まれてうつ伏せになった。 「腕と脚、どっちがいい?」  俺の背中を膝で抑えながら、腕を掴む弓月がやけに冷静な声で訊いた。 「は!?」 「脚にしようか。そうすれば、気軽に彼織に近づけなくなる。それとも、やっぱりどっちもかな?」  何を訊かれているのか全く分からない。  だけど、それは答えてはいけない質問だと本能が察知した。  どちらを言っても、確実に良くない事が起こる。 「そー言えば、まだ『ごめんなさい』って聞いてなかったよな」  こっちの状態に反して、涼しい声が聞こえる。 「悪い事したら、『ごめんなさい』だろ?」  どうやら、俺に謝れと言っているらしい。  こいつに謝られることはあっても、俺が言わなきゃいけない理由なんてない。  黙っていると、腕を掴む弓月の力が異様に強くなっていった。  それだけじゃなく、少しずつ角度をつけている。 「痛っ!」  ミシミシと骨が軋む音が全身に響くようだった。  このままだと確実に骨が折れるという恐怖に全力で抵抗するが、弓月の力が更に増すだけだ。  空いている方の手でバシバシと地面を叩くけど、力が足りないのか思うような音が出ない。  ヤバイ!  早くここから抜け出さなければならないのに、何をどうしても自由になれない。  とてもじゃないけど1人じゃ無理だ。  さっきまで頑張ってくれていた上野や先輩は何をしているんだ。  何でもいいから助けろって! 「何やってんだよ、このバカっ」  新たに現れたその声は確実に怒っていたけど、俺にとっては救いの一声だった。  何かしらの攻撃を弓月に浴びせたらしく、そのおかげで掴まれていた腕が解放された。 「いってぇな! 何しやがんだよ、このガキ」  今までの拘束が嘘のように、弓月は俺を放って攻撃した主に食って掛かった。 「お前が何してんだよ!」  顔を上げると、そこには彼織さんがいた。  一瞬、天使かと思った。  いや、間違いなく天使だ。 「悪い事した子にはお仕置きが普通だろ」 「(とおる)のはお仕置きの域超えてんだよ。常識無い奴の普通は異常なんだって、いい加減気づけよ」 「今、さらっと喧嘩売っただろ」 「売ってねぇよ。本当の事言っただけだし」 「俺に常識が無いっつーののどこが本当の事だ!」 「自覚が無いってのが一番厄介なんだよ」 「非常識が服着て歩いてるような奴に言われたくねぇな」 「まさかとは思うけど、それってオレの事じゃないよな?」 「勿論、彼織ちゃんの事に決まってるだろ」 「はぁ!? オレのどこが非常識だって!」 「この顔で男とか超非常識だろ」 「顔だけ見て性別間違えるようなバカはお前くらいだ」 「一番厄介なのを教えてやろうか?」 「あ?」 「自覚が無い奴らしいぞ」 「ムカツク!」  2人の会話(ケンカ?)は延々と続いた。  何なんだ、これ。

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