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《番外》振り返らずに進め -10【伊原】
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昼休みになると、猛ダッシュで3年生の教室に向かった。
昨日までは彼織さん目当てで訪れていた教室だけど、今日は奈津さんを探す。
周りは3年生ばかりで少し気後れもするけど、もう慣れてしまった。
「また来たのか」
教室の入り口から中を覗こうとした所に、不意に声を掛けられた。
一瞬奈津さんかとも思ったけど、明らかに違う声だった。
見やると、話したことのない生徒が立っていた。
顔に見覚えはある。
奈津さんと一緒にいる所を何度が見た事がある程度だけど。
「弓月さんにボコられて意気消沈したって聞いてたけど、また来るってすげぇー根性」
愉快そうにそう言って、人の事を舐め回すように見る。
藪から棒に失礼な奴だな、こいつ。
「奈津さんいますか?」
わざとらしい嫌味を無視して訊いたら、そいつは更に興味津々という様子になった。
「瀬口に乗り換えたって、マジなんだ?」
馴れ馴れしくそう言って笑う。
何だよ、こいつ!?
「そんな事、何で知ってるんすか」
睨み気味に訊くと、今度は意外だというような表情になった。
「お前、弓月さん呼び寄せちゃうくらい執拗に藤堂に言い寄ってたクセに、ビビッて瀬口に乗り換えたっていう1年生だろ?」
ほとんど合っているけど、悪意がありすぎて素直に頷けない。
いちいち言い方にトゲがあるんだよ、こいつ。
「大体みんな知ってるんじゃねぇの? 恐れ多くも藤堂に言い寄ってるバカな1年がいて、このままだといつ弓月さんが登場してもおかしくないって、みんな迷惑してたし」
なんだ、それは。
そんな話初耳だぞ。
あのままいったら弓月がやって来るって知っていて、今までの俺の行動をみんなで笑って見てたって事か?
彼織さんの横を歩く俺を遠巻きに見ていた奴らの顔を思い返す。
羨望というよりは、哀れみとか嘲笑じみたものが混じっていなかっただろうか。
危険だと教えようとしてくれたのは、奈津さんと上野だけだったんだ。
それに気づいて、自分の言動に今更ながら反省する。
「あんまり言ってやるなよ、森谷 」
教室の入り口で騒いでいた所為か、いつの間にか奈津さんがそこに立っていた。
俺としたことが、こんなに近くにいるのに気づかなかったなんて。
「机、大丈夫だったか?」
「ああ、はい。上野が手伝ってくれましたから」
落とされた机やその他諸々散乱した私物は、上野の手助けもあり1限目までに教室に運び込むことができた。
上野は文句ばっか言ってたし、机は交換が必要だったけど。
「あの柔道部の子か。良い友達だよな」
屈託の無い奈津さんの笑顔が不意打ちに眩しくて、一瞬惚けてしまった。
奈津さんがそう言うなら、上野とはずっと友達でいてやる事にします。
「おい、瀬口。こいつにあんまり愛想振りまくなよ。狙われてんだろ、一応」
森谷と呼ばれた先輩は、人聞きの悪いことを平気で言う。
にしても、俺の前でそんなに堂々と言わなくてもいいだろうに。
「狙ってなんか……!」
「その事なんだけど」
反論しようとした俺を遮るように、奈津さんが口を開く。
「今朝の話、ちょっと誤解があったみたいなんだよな」
「誤解?」
「好きとか付き合うとか、オレはそういう理由で忠告してたんじゃないから」
きっぱりとそう言い切られてしまった。
どういう事だ?
奈津さんは俺が好きだったんじゃないのか?
そうじゃなきゃ、忠告や心配をしてくれた理由が見つからない。
もしかして、照れているとか。
クラスメイト達が見守るこの状況じゃ、素直に気持ちを言うなんてできないよな。
それもそうだ。
「分かってますよ」
ここは分かった振りをしてやるのが優しさだよな。
後で2人きりになった時にもう一度訊けばいい。
「随分と物分りがいいな」
疑り深い森谷先輩が、じっとこちらを凝視している。
鬱陶しいな、この人。
「お前、瀬口が好きなんだろ。そんなに簡単に聞き分けちゃうんだ?」
品定めでもしているかのような目だ。
先に好きになったのは奈津さんの方だ、と言ってやりたいのを呑み込んで睨み返す。
「あんまり虐めるなって」
噛み付きそうなくらいに寄ってきた森谷先輩を、奈津さんが引き離す。
「今朝まで藤堂を好きだって言ってた奴だぞ。そんなの、本気な訳ないって」
フォローしてくれるのは嬉しいけど、奈津さんにそんな風に言われてしまうと悲しい。
確かに、今朝まで俺の頭の中は彼織さんしかいなかった。
それをいきなり「奈津さんが好き」と言っても、すぐには信じられないだろう。
その気持ちはよく分かる。
でも、そういう事もあるんですよ、奈津さん。
「そー言うけどな、瀬口」
「全然タイプ違うし」
「好きになるのがいつも同じタイプとは限らないだろ」
「それもそうだけど。でもオレとカオリちゃんじゃ、落差激しすぎ」
どこまでも、奈津さんは俺の気持ちを本気とは取ってくれていないらしい。
彼織さんと比べられたら仕方ないけど、そこまで卑下しなくてもいいのに。
こうして見れば、奈津さんだって十分可愛い。
仕草かな。あと、表情。
元々がカワイイ寄りの容姿だから、そこに動きが加わると「何か可愛い生き物」に見えてくる。
「俺が言いたいのは、余裕こいて甘く見てると危ねぇんじゃねぇのって事」
「そーかなぁ」
「ホントにさ、俺が言うのもなんだけど、もっと警戒しろって」
「いやでも、オレ本当にそういうの無いし」
「……そーだっけ?」
森谷先輩のセリフは溜め息混じりだった。
きっと、何を言っても手応えが無いからだろう。
奈津さんって、ちょっと掴みどころの無い感じの人なんだな。
自分の事なのに他人事のように考えているっぽい。
「お前さ、あんまり調子乗ってると番犬その2が出てくるぞ」
ちょっと背が高いからって、森谷先輩が見下すようにこっちを見る。
思いっきり不愉快だ。
「番犬って……」
そのセリフに、奈津さんが苦笑した。
2人には通じてる感じが何か嫌だ。
「その1って、今朝の弓月って人ですか?」
「そ」
「じゃあ、その2って、もしかして先輩だったりします?」
掛かってくるならいつでも来いって気分で訊いてやった。
だけど、先輩は「バーカ」っていう目で俺を見下ろしただけだった。
何だよ。
口で言えよ、口で。
「違うんですか?」
「とにかく諦めろ。それがお前の為だ」
ポン、と人の肩を叩いてまたしてもその言葉を置いていった。
あんたも言うのかよ、それを。
最近の俺がよく言われる単語ナンバー1の「諦めろ」。
言われた通り彼織さんは諦めたんだ。
この上、奈津さんまで諦めなきゃならないなんてあり得ないだろ。
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