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《番外》振り返らずに進め -13【伊原】

 間抜けな事に、昼休みも半分以上が過ぎた頃に昼飯を買い忘れた事に気づいて、慌てて学食へと向かった。  さっき奈津さんと一緒に買って一緒に食べれば良かったのに、それどころじゃなくなってしまったんだよな。  今にして思えば、上野に訊くのなんて昼休みの後でも十分だったのに。  まったく惜しいことしたよな。  この時間だったら、購買はきっと売り切れているから、学食の方が良さそうだ。 「あ」  学食横の自販機の所に、見覚えのある奴を発見して思わず声が漏れた。  今朝、落下した机の横にいた奴だ。  顔をはっきりと憶えていた訳じゃないけど、やたらと高い身長とか、やる気の無い制服の着こなしとか、間違いないと思う。 「今朝はどーも」  横に立って言うと、そいつはゆったりとした動きでこちらを見た。  突然話しかけられて驚く、という反応は欠片も見当たらない。  しかも、俺をじっと見たまま動かない。  これはもしかして、俺の事を憶えていない? 「机が落ちてた所でちょっと話しただろ」 「……ああ」  少しの間の後、軽く呟いた。  本当に思い出したのか怪しい反応だ。  ただ、俺を見る視線に少し変化があったような気がする。  何というか、良くも悪くも興味を持ったというような。 「良かったな、無事で」  あまり感情が篭っているとは思えない言い方だった。 「無事じゃねぇって! 腕折られそうになったんだぞ、腕」 「でも、折られなかったんだろ」  まだ微かに感触の残る腕を見せても、そいつは冷静にそう言うだけだった。  確かに折られはしなかったけど、折られそうになるだけでも尋常じゃないんだよ。  こいつがもうちょっと早く登校していたら、あの時の弓月の異常さが伝わっただろうに。  手に持っているパックのコーヒー牛乳にストローを挿しながら、そいつは歩き出してしまった。  俺との会話は終わったと判断されたらしい。  このまま終わるのも何となくすっきりしないので、後を追うように俺も歩き出した。 「ところでさ、昼飯は食った?」  話し掛けると、否定とも肯定とも取れない視線を向けられた。 「一緒にどうよ?」  1人で食うのも寂しいから、あわよくばこいつも巻き込もうと思って言う。  だけど、そいつはあまり気乗りしていないようで、一瞬眉を顰めた。  まぁ、そりゃそうか。  ほとんど初対面だもんな。  どーしても、って訳じゃないから断られても別にいいんだけど、どうやらそういう方向ではないようだった。  そいつは至って真面目な表情で口を開いた。 「それは、俺に話しがあるって事?」 「え?」  どういう解釈をしたのか知らないが、そんな質問が返ってきて思わず間抜けな声が出てしまった。  今朝の弓月の理不尽さとかを話せというなら、いくらでも話しは尽きないが。  こいつが言っているのは、そういう一般的な世間話ではないように思えて言葉に詰まる。 「違うのか」  俺の反応が鈍かったのを見て、自分の予想が外れたと分かったらしい。  あっさりとそう言って、ストローに口を付けた。  今の会話でそんな発想になるなんて、どうにも腑に落ちない。  こいつ、何か変だ。  と、思った矢先、ポツリと呟いた一言に耳を疑った。 「てっきり、瀬口の事だと思ったんだけど」  こんな所で聞く筈のない名前。  それは奈津さんの苗字に間違いない。  どうしてこいつが奈津さんを知っているのかとか、奈津さんの事で話しがあると思ったのかとか、先輩相手に呼び捨てとか、たった一言で疑問が山のように飛び出した。 「お前、奈津さんを知ってんの?」  単純な疑問を訊くと、少し睨まれたような気がしたから、負けずに睨み返してやった。 「何だよ」 「彼織ちゃん諦めて、次は瀬口って聞いたけど?」 「はぁ!? 何でお前がそんな事知ってんだよ!」  人聞きの悪い言い方しやがって。  つーか、「彼織ちゃん」って。  こいつ、実は彼織さんと親しいのか?  彼織さんの周りで、今までこんな奴見た事無かったけど。  本当に本気でこいつは何者なんだ。 「と言う事は、本当か」  相変らずのやる気の無い言い方で、勝手に納得しやがる。  墓穴を掘ったのは自分なだけに、腹立たしさが余計に増す。 「人を節操なしみたいな言うなっ」 「言ってない。でも、そうなんだろ」  図星なだけに言い返せない。  が、言い返したい。  俺の性格的に、言い返さずにはいられない。 「つーか、奈津さんが俺を好きなんだっつーの!」 「そうなのか?」  意表をつかれた、というような表情だ。  ずっと表情が読めなかったから、してやった感じがして嬉しい。

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