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《番外》振り返らずに進め -14【伊原】
「大体、お前は何なんだよ。さっきから奈津さんの事呼び捨てだし、彼織ちゃんとか言うし」
「何、と言われても」
「まずは名を名乗れ!」
こいつのペースに巻き込まれるのが鬱陶しくなって、主導権を握って話しをどんどん進める事にした。
その第一歩として、名乗らせてやる。
「塚本 」
思ったよりあっさりと答えた。
この調子で、奈津さんや彼織さんとの関係も聞き出してやる。
「何で奈津さんの事知ってんだよ」
塚本がじっとこっちを見るから、視線を逸らせない。
身長差の所為で、見下ろされてるようなのが気に入らない。
「瀬口が、好きなの?」
またしても質問に質問で返すか、こいつは。
さては、答える気が無いな。
「だったらどうなんだよ!」
「残念」
「はぁ!?」
噛み合っていない会話ながらも、ムカツクものはムカツク。
有り余る余裕が滲み出ていて、段々と自分が格下に思えてくる。
何とかしてこっちのペースにしてやろうとしているのに、全然上手くいかないのは何故だ。
その上、ゆっくりと口を開いた塚本が続けた言葉に唖然とした。
「俺には、勝てない」
不敵な笑みを浮かべてそう言いやがった。
それが宣戦布告だと気づくのには、多少の時間が必要だった。
足りない言葉を深読みして考えると、こいつも奈津さんの事が好きで、しかも俺の好きはそれに及ばない、と言いたいようだ。
つまり、さっきから奈津さんの事ばかり気にしていたのは、個人的な理由だったという事だ。
意味深な奴だと思ってはいたけど、大したことなかったな。
それに、奈津さんに関しては俺のが優位に立っているし。
今まで俺を見下ろしていやがったけど、今度はお前が惨めになる番だ。
「いくらお前が奈津さんを好きでも、奈津さんが好きなのは俺なんだよ」
「へー」
と、気の無い相槌。
いや、全体的に気の無い奴だけど。
「奈津さん、今付き合ってる奴がいるらしいんだけど、そいつと別れて俺と付き合いたいって言ってたし」
言ってやると、塚本は少し考え込むように目を伏せた。
その様子で、自分の有利を確信していた俺に塚本が口を開く。
「それは、嘘だな」
「……何で」
奈津さんが本当にそう言ったかどうかを追求されると、困ったことに塚本の指摘通り嘘になる。
だけど、俺には奈津さんの心の声が聞こえたのだ。
だから間違ってはいない…筈だ。
「瀬口が、別れたいと思ったのなら、すぐに気づく」
違和感を覚えるほど、塚本はやけにきっぱりと言い切った。
「お前、何言ってんの?」
こいつにそんな事が分かる筈がないだろう。
「瀬口の事、良く知っているみたいだけど」
少し細められた目が、何とも言えない表情を生み出している。
それが怒りなのか、それとも哀れみなのか、その時の俺には判断できなかった。
「瀬口と、付き合っているのが俺だとは知らなかったのか?」
その意味の分からない一言で、ようやく話しが噛み合ったような気がした。
こいつが噂の「番犬その2」!?
最初は謎の同級生で、次は同じ人を好きな奴で、今はその好きな人の恋人だと。
一瞬にして立場が逆転したような感覚。
いや、待て。
こいつが奈津さんの恋人だというのなら、俺はまだ負けてはいない。
「お前がそうなら、丁度良かった」
驚きを隠して言葉を押し出す。
「話しがある」
「やっぱり」
予想通り、というように塚本が呟く。
ここでようやく最初に塚本が言っていた事の意味が繋がった。
つーか、あの時に言ってくれれば、こんなに遠回りする必要なんか無かったというのに。
「さっきも言ったけど、奈津さんと別れてくれないかな」
改めて言ってやる。
塚本は相変らずの表情で、感情を読み取るのは難しい。
それにしても、弓月級の危険人物には、とてもじゃないけど見えないぞ。
「奈津さんは別れたがってるし。最初はどうだったか知らないけど、あんたもう嫌われてんじゃねぇの?」
「それは、無いだろ」
意外にも穏やかな表情で、即座に否定しやがる。
なるほど。
これじゃ、奈津さんも言い出しにくい訳だ。
「認めたくないのは分かるけど……」
「瀬口は、嫌いな奴に抱かれたりしないから」
こっちの言葉を遮って、とんでもない事を言いやがった。
しかも、表情一つ変えずに。
「だ……っ!?」
思わず絶句してしまう。
何だろう…。
好きとか、付き合うとか、そういうものの延長線上にあることは分かっていた筈なのに、実際に言葉として聞いてしまうと戸惑う。
と言うか、あの奈津さんが……っていう方に驚いているというか。
あれ?
俺、何考えてんだ?
つーか、考えるなっ!
「了承は、ちゃんと取っている」
「そんなの聞いてねぇ!」
「勿論、同意も」
こいつ、やっぱり変だ。
思ったのは今が初めてじゃないけど、しっかり確信してしまった。
恐るべし、番犬その2。
弓月とはまた別の意味で恐ろしい。
こんなの相手じゃ、奈津さんも手間取る筈だ。
俺がもっとちゃんと言わなきゃいけないのに、どうにもこいつに勝てる気がしなくなってしまった。
ついさっきまでは、勝機も見えていたというのに。
何かよく分からないけど、手応えが無さ過ぎる。
まるで相手にされていないのが自分でも分かるくらいに、塚本は俺を軽くあしらっているようだった。
屈辱と言う以前に、脱力してしまう。
「お前ら、なんつー話をしてんだよっ!」
どう説得しようかと悩んでいると、明らかな怒声が響いた。
見ると、そこには奈津さんが真っ赤な顔で立っていた。
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