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《番外》振り返らずに進め -16【伊原】
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「大丈夫か?」
どのくらい時間が経ったのか、周りに人の気配がしなくなった頃にふわっと現れた上野が訊く。
何とか学食のテーブルまで辿り着いて、とりあえず椅子に座ることに成功していた俺は、またしてもタイミング良くやってきた上野を見上げて何故か少し安心したようだった。
こいつの顔も、大分見慣れてきたからな。
「また来たのか」
「悪かったな、また俺で」
思わず出てしまった悪態に、特に気分を害した風でもなく、上野は隣に座った。
「凄かっただろ、塚本先輩」
「え?」
確かに、塚本は色々な意味で凄かったが、上野の何気ない一言に引っかかる。
先輩?
誰が?
「あの人、なっちゃん先輩が関わると人が変わるからな」
こっちの引っかかりなんてお構いなしに、上野が独り心地でそう言って笑う。
塚本をよく知っている風なのは、この際気にしないことにする。
上野は奈津さんの付き合っている奴の事を知っていたし、それが塚本だったのだから、この口ぶりはそれほど変ではない。
「何で、塚本に先輩って付けんの?」
俺がとても気になったのは、ここだ。
そういえば、今朝塚本に会った時も、こいつは敬語だったような。
「何でって、先輩だからに決まってるだろ」
あっさりと答えてくれたが、それは間違っている。
「だって、あいつ同級生だろ」
「はぁ?」
上野は、訳が分からない、というような表情になった。
それはこっちの方だ。
「ネクタイが同じだったし!」
「あー…」
俺が同級生だと確信した根拠を自分のネクタイを指して言ってやると、上野は納得したように苦笑した。
「あの人、一回留年してんだよ。その時に買い換えなかったみたいでさ」
自分も疑問に思った事があって訊いたのだ、と上野が付け足した。
留年してネクタイが違う!?
そんなの知るかっ!
なんつー人騒がせな奴だ。
つー事は、あいつは3年生だったのか。
どうりで同じ1年にしては貫禄あると思ったよ。
すげぇー余裕だったし。
「それよりさ」
己の勘違いを立て続けに発見して落ち込む俺に、上野が話しかけてくる。
何だよ、もう。
できる事なら、ちょっと放っておいて欲しいんだけど。
「1日で2人に振られる気分はどうよ?」
カッチーンとくるセリフと言い方だった。
「お前、俺の事バカにしてんだろっ!?」
「してねぇよ」
「嘘だ!」
じゃなかったら、わざわざ学食まで来てそんな事を言う必要がない。
しかも、もう昼休みも終わるというこんな微妙な時間に。
「言っただろ、心配してんだって」
「どーせ、弓月が怖いとかって理由でだろ」
どいつもこいつも。
そんなに会うのが嫌なら、学校に来なきゃいいだろ。
「それもだけどさ」
上野は、否定はしなかった。
けど、その後に何かありそうな余韻を残してこちらを見る。
「何か放っておけなくなったって言うか」
……は?
こいつ、何を言い出す気だ?
「伊原って、ちゃんと見てても勝手に突っ走るし」
「どういう意味だよ」
「だから、心配してるって事」
それはついさっきも聞いたぞ。
また振り出しに戻ったような気分だ。
よく分からないけど、本当に心配してくれたという事なのだろうか。
クラスメイトとして?
もしかして……。
「上野って、実は優しい?」
思い返すと、結構暴言吐いている筈なんだけど、それでも心配してくれているって事だよな。
俺には、とてもじゃないけど出来ない。
訊いた俺に、上野は少し困ったように笑った。
「だからって、今度は俺に惚れんなよ」
「惚れるかっ!?」
ちょっといい奴って思っただけで、そうそう好きになるかっつーの!
そりゃあ、奈津さんはなったけど。
けど、奈津さんと上野じゃ全くの別物だ。
比べるのも失礼。
「でも……」
ふと、上野が真顔になって口を開く。
不覚にも、次の言葉を待ってしまった。
「付き合ってやってもいいけど、その時はお前が下な」
何を言い出すのかと思って黙って聞いてやれば……。
冗談にしては、性質が悪い上に笑えない。
本気だったらもっと悪質。
スピード失恋に心を痛めている友達に対して、こいつは本当にデリカシーが無さ過ぎだ。
「その時なんかくるかっ!」
上野が相手っていうのも、俺が下っていうのも、即却下だ!
むかついてる俺を見て笑っている上野が堪らなく憎らしくて、弓月でも塚本でもどっちでもいいから、柔道部に八つ当たりしてくれればいいのにと本気で思った。
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