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《番外》振り返らずに進め2 -1

 ※「振り返らずに進め」の続きです。  ※瀬口視点に戻ります。  高校生活も3年目ともなると、校内に知り合いがそれとなく増えてくる。  クラスメイトは勿論、友達の友達だったり、後輩だったり。  たまに顔を出す、卒業していった先輩だったり。  オレの場合、いつもつるんでいる誠人や藤堂の顔の広さで、知り合いが増えているだけなんだけど。  特に、誠人関連で知り合った人たちは、結構濃いめで馴れ馴れしい。  その日、食堂の食券売り場付近でオレの前に立ちはだかったのは、普段はオレなんかに話し掛けてくることもない後輩の有島だった。  オレの前に現れる時は大抵不機嫌そうな有島だけど、今日はまた一段と眉間の皺が深い。  せっかくのカワイイ顔が台無しだ、とオレが言ってやったところで火に油を注ぐようなものだから言わないけど。 「あいつ、何とかしてもらいたいんですけど」  前置きも主語も無い喋り出しに、まずは戸惑う。  この有島は、長年誠人に片思いをしていたという危篤な奴で、オレに用件があるとするなら誠人の事しかない筈だ。  しかし、有島は誠人の事を「あいつ」とは呼ばないので、今回は別件のようだが。  増々珍しい。  けど、「あいつ」って誰の事だ?  わざわざオレに言いに来たって事は、当然オレの知っている人間なんだろうけど、全く思い当たる節がない。 「何だよ、お前。いきなりやってきて偉そうだな」  オレが口を開くより先に、隣にいた藤堂が反応した。  藤堂と有島は、馬も反りも全く合わない犬猿の仲だ。  本物の犬と猿の方が、まだ仲は悪くないだろう。 「別に、藤堂さんには言ってません」  藤堂が口を出した事に気分を害したらしく、有島の口調が一層刺々しくなる。 「瀬口も先輩だろ」 「そうですね。だからちゃんと敬語で話してるじゃないですか」 「ちゃんとはしてねぇだろっ」 「まぁまぁ、彼織ちゃん。有島がこんななのは、今に始まったことじゃないだろ」  藤堂が有島に掴みかかりそうになるのを、2人の間に入って宥める。  顔はカワイイのに沸点が低い、という共通点を持つ2人だから、止めに入るのに早すぎるということは無い。  むしろ、手が出てからじゃ遅い。 「こんなって何ですか、こんなって」 「まぁまぁ。それで、『あいつ』って?」  噛み付きそうな勢いに挟まれても、とりあえず笑顔は忘れずに貼り付けておく。  ここでオレまで勢いに呑まれたら収拾が付かないもんな。  正直面倒だけど、話を聞かないともっと面倒になりそうだから。 「伊原って奴!」 「……伊原ぁ?」  奇跡的に、オレと藤堂の声がハモった。  ものすごーく聞き覚えのある名前だ。  しかも、どちらかと言うとあまり良い印象の記憶ではない。  3年生になってすぐ、あろうことか藤堂に告白をした1年生がいた。  当然速攻で振られたけど諦めず、しつこく付きまとった挙句に弓月さんを召喚してしまい危機一髪の目に会った奴。  弓月さんに突かれても無傷で済んだのだから、ある意味幸運な奴でもある。  それが、件の伊原だ。  顔を見合わせた藤堂も、きっと同じ事を思い返していると思う。  しかも、有島がこんなに不機嫌な顔で「何とかしろ」と言っているという事は…。 「付き纏われてすげぇ迷惑してるんですけど」 「もしかして、告白とかされちゃった?」 「されました。と言うか、進行形でされてます」  有島のうんざりした表情と口調が全てを物語っている。  自分が好きなら相手も好きだと信じて疑わないという、異様にポジティブな奴で、その気が無いと分かってもらうのに苦労したんだよな。 「あいつ、しつこいよな」  自分には無い前向きさを思い出して苦笑しながら言うと、有島は気に入らないというようにこちらを睨んだ。 「そもそも、どうしてオレがあんたらの後なのか理解できないし」  それは、オレと藤堂に売られたケンカだった。  オレはともかく、藤堂にまで牙を向いちゃうのが有島だよな。 「どういう事だよ」  案の定、ケンカを買う気満々の藤堂が身を乗り出す。 「そこの顔だけの先輩はまだ分かるとして、瀬口さんの後にオレの所に来るって意味分からないです」  言ってくれるよな、こいつは。  だけど、本当の事だから仕方ない。  と、納得したオレの横では、既にご立腹気味だった藤堂が口を開いていた。 「ちょっと待て。何気に失礼すぎんだろ」 「このオレが、瀬口さんに負けてるなんてありえないし。そんな事も分からないような奴に好意を持たれても全然嬉しくないんですけど」  告白された順番で勝敗が決まる訳でもないだろうに。  そもそも、それは一体何の勝負だよ。  誠人の事でオレに敵愾心剥き出しなのは知っているけど、伊原だってそんな事でキレられても困るだろうし。  とは言え、本当のことだから言い返す気も無いけど、あんまり言われるとさすがにイラッとする。 「伊原がオレにってのは、ちょっとした気の迷いみたいなもんだから、オレは数に入れなくてもいいと思うぞ」  と言うか、数に入れないでもらいたいんだよな。  この2人にプラス自分っていうのは、ちょっと勘弁して欲しい。  何しろ、ウチの学校の制服より、近くの女子高の制服の方が似合いそうな奴らだからな。  こいつらを見初めた伊原の気持ちも分からなくはないが、そこにオレが混ざっているのは恥ずかしい。 「瀬口も怒れよ! こいつ、めっちゃ失礼だ!」 「だから、有島が失礼なのは今に始まったことじゃないだろ」  イチイチ腹を立てていたら疲れるっつーの。 「あんたもそれなりに失礼ですよね」  ポツリと言った有島のセリフが聞こえて、「確かに」とちょっと反省する。

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