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《番外》振り返らずに進め2 -3

 有島の持ってきた面倒は、本来なら一晩くらい(できればずっと)寝かせてから取り掛かりたい気分だったというのに、その日のうちに向き合う羽目になってしまった。  何故なら、元凶の伊原が自分からやってきてしまったのだ。  話を聞いたのが昼休みに入ってすぐで、今もまだ昼休み中だぞ。  食堂から教室に戻る途中の廊下って、いくらなんでも遭遇するの早すぎないか? 「奈津さーん」  そう言いながら、嬉々とした表情で駆け寄ってくる伊原を見て、今更ながら引き受けてしまった事を後悔した。  果たして、オレにこいつを説得する事ができるんだろうか。  無理っぽいよな。  こいつとまともに会話が成立した記憶があまり無いんだよな。  あまりと言うか……全く、だな。 「おい、瀬口。何か来るぞ」  投げやりにそう言うのは、有島の登場からご機嫌斜め継続中の藤堂だ。  伊原の事もあまり良くは思っていない藤堂は、オレの後ろに隠れるように歩く速度を落とした。  気持ちは分かる。  出来ることなら、オレもどこかに隠れたいくらいだ。 「俺に話があるって本当ですか?」  やや前のめり気味に訊かれて、完全に出端を挫かれた。  どうしてオレから話があるって知っているんだ。 「さっき史也(ふみや)さんから聞いて、急いで来たんですよ」  史也さんと言うのは、有島のことだ。  という事は、有島の奴、あの後すぐにオレに押し付けやがったな。  オレに任せておいたら何日も放っておかれると予想して、先手を打ちやがった。  その通りなんだけど、こっちにも都合ってものがあるだろうが。  自慢じゃないけど、何と言って伊原を説得すればいいのか、まだ何の策も捻り出してないんだからな。 「そんなに急がなくてもよかったんだけど」 「奈津さんから話があるなんて、急がずにはいられないっすよ」  どうしてこんなに懐かれてしまったのか分からないけど、こいつの場合、向けられるのが好意だろうが敵意だろうが結果は一緒なのが面倒だよな。  つまり、オレの話を全く聞かないという結果だ。  都合よく解釈されないように、なるべく簡単簡潔に言ってやらないとな。  だけど、あまり簡潔すぎて言葉が足らないと勘違いもしやがるし、丁寧に説明をしてやらないといけない。  ……って、何でオレがこんな事に頭を悩ませなきゃいけないんだよ。 「よく見たら彼織さんもいるじゃないですかっ」  オレの後ろに藤堂を発見した伊原は、大袈裟気味にそう言った。  相変わらず藤堂が好きだよな。  有島は告白されたって言っていたけど、伊原の藤堂に対する態度を見ると、勘違いなんじゃないかと思えてしまう。  藤堂を見つけた時の喜び方が、追い駆けていた時と同じに見える。 「悪かったな。よく見ないと分からなくて」 「イヤだなぁ。そんな事言ってないじゃないですか」  藤堂の嫌味をそうとは捉えず、伊原は照れたように笑った。  思いがけず藤堂に会えてとても嬉しそうだ。  やっぱり、有島の勘違いなんじゃないか? 「いつ見ても、彼織さんって可愛いですねー」 「お前には必要ないみたいだから、その眼球どこかに捨ててこい」  そう言って睨みつけた藤堂の殺気立った様子にも怯むことなく、伊原はニコニコ笑っている。  そういう態度が逆撫でするって、いい加減気付いても良さそうなものなのに。  まぁ、気付かないのが伊原、と言えばそうなんだけどな。 「伊原ってさぁ、本当に藤堂が好きだよな」 「はい。奈津さんも好きですよ」  間髪入れずにそんな事を言いやがった。  こいつ、軽すぎ。  知ってたけど。 「オレの事はどーでもいいんだけど」 「自分だけズルいぞ、瀬口」  やんわりと受け流したのが気に入らなかったらしく、藤堂が突っかかってきた。  機嫌が悪いからって、オレにまで絡んでこなくてもいいのに。  こっちはさっさと用件を済ませたいんだから、余計な所で引っ掛からないでほしい。 「じゃあ、有島に告白したっていうのは?」 「あ、今度はその話っすか?」  ちょっと嬉しそうに伊原が言う。  待ってました! という感じだ。  藤堂の時の事もあるから話が早くて助かるけど、お前はそんなんでいいのか、伊原。 「史也さん、何か言ってました?」 「すっげぇ迷惑してた」 「えー、またまたぁ」  オレが冗談を言っているとでも思っているのが、伊原はヘラリと笑って真面目に聞いていない。  以前の、敵愾心剥き出しの時の方が、まだオレの話を聞いてくれていたような気がする。  懐かれてからの方が会話が成立しないって、どういう事だ。 「お前さ、振られたら一旦そこで諦めろよ。自分の都合の良い解釈してそれを認めないって、自分勝手すぎんだよ」  イライラしていた藤堂が、我慢できずに口を出した。  よく言った藤堂。  それは、きっとみんなそう思ってるやつだ。 「彼織さん、もしかして妬いてます?」 「んな訳あるかっ!」  掴み掛りそうな勢いの藤堂をなんとか抑えつつ、一回本気で殴られれば目が覚めるんじゃないかとも考える。  けど、例え藤堂が本気で殴ったとしても、愛情表現としか受け取らなさそうだな。  現に、威嚇しまくりの藤堂を、伊原はとてもにこやかに見ている。  こいつ、本当にダメだな。 「ところで」  ふと何かに気づいたように伊原が口を開く。  この状況で話題を変えようとしているんじゃないだろうな。 「ちょっと気になったんですけど、奈津さんて、史也さんとも知り合いなんですよね」  真面目なトーンで、今さら何を言い出すんだか。  つーか、お前の気になる所ってそこかよ。  もっと他の所を気にしろよ。 「知り合いって言うか……」 「それって、両手に花じゃないですか!」  瞳を輝かせてよく分からないことを言い出した。  いや、こいつの言う事なんて元々訳が分からないけど。  両手に花って……。 「……何が?」 「彼織さんにも、史也さんにも頼られてるなんて、さすが奈津さんですね」  聞き直したオレの質問をキレイに無視して、キラキラとした笑顔で持ち上げてくれる。  頼られていると言うにはかなり抵抗があるんだけどな。 「別に、頼られてるって訳じゃ……」 「うーわ、何か夢のような組み合わせですね」  またしてもこっちの話を全然聞いてないし。  何が夢なもんか。  一度、藤堂と有島の険悪コンビに挟まれて、ギスギスした空気を浴びるように感じてみるがいい。  伊原だったらその状況も喜びそうだけどな。  それで、藤堂も有島も更に機嫌が悪化しそう。  目に浮かぶようだ。

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