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《番外》振り返らずに進め2 -4

「史也さんが言ってた、奈津さんから話があるっていうのは、もしかして、番犬その3とか出てきちゃう感じっすか?」  察する能力が欠如していくクセに、妙な所で勘がいい。  ただし、期待しているような「その3」は出てこないけど。  いるといたら、卒業してしまった諒くんだけど、あの人は結構有島に対してドライだからな。  有島が誰と付き合おうと応援しそうだ。  そもそも、有島をどう思っているのかも不明だし。  諒くんが有島の事が好きなんじゃないか、というのはオレの勝手な憶測なんだよな。  しかも、諒くんは「番犬」ってイメージでもないし。 「番犬? その3?」  話の見えていない藤堂が聞き返してくるけど、ここは説明すべきか?  ちなみに、番犬その1は弓月さんで、その2は誠人だ。 「史也さんにも番犬ついてるんすか?」 「いや……知らないけど」 「やっぱ、可愛い人ってそういう人がいるんですねー」  おいおい、勝手に何を納得しているんだ。  誰も「いる」とは言ってねぇし。  大体、お前は有島が好きなんだよな。  その好きな人に番犬的な人物がいて、どうしてそんなに嬉しそうなんだ。 「史也さんの可愛さって、ストレートですよね」  まだ追いつけていないオレたちに、伊原はまたしても「?」な事を言い出した。 「は?」 「ちなみに、彼織さんは魔球で、奈津さんは変化球です」  何だよ、その例えは。  野球か?  球種なのか?  大体、変化球ってストレート以外大体全部じゃねぇのかよ。  つーか、何度も言うがそこにオレを混ぜるな。 「こいつ、何言ってんの?」  藤堂の疑問は、本当にその通りだ。  人を球種で例えるんじゃねぇよ。 「例えが悪かったですか? だったら、ケーキとかどうです?」 「何が?」  キラキラとした笑顔でいい事考え付いたみたいに言った所で、藤堂に一刀両断されては元も子もない。 「史也さんがショートケーキで、奈津さんがロールケーキで、彼織さんはモンブランとか?」  そろそろ帰ってこい、伊原。  何言ってんのか本気で理解できないから。 「ちなみに、彼織さんのモンブランには、高い山が掛かってます」 「だから、さっきからお前は何の話をしてんだって聞いてんだよ!」 「可愛さの種類に決まってるじゃないですか」  イライラした藤堂にキッパリ言いやがった。  しかも、更にイライラさせている。  はっきり言って、逃げたい。 「もしかして、モンブラン嫌いだったりします? だったら…」 「伊原、その話はもういいから」  どんどん話が逸れていくから、口を挟まずにはいられない。 「さっき有島から、お前に付き纏われて迷惑だから何とかしてくれって言われたんだけどさ」  どうせ言葉が通じないんだろうな、と思いながら、ようやく本題を切り出した。  さて、これからどうやって伊原に諦めてもらうか。  と、長い道のりを覚悟したが、直後にそんな心配は無駄となった。 「分かりました」  全く予想していなかった答えが返ってきた所為で、ビックリして動きが止まる。 「え?」 「史也さんがそんな相談をしていたなら仕方ないですよね。俺、諦めます」  今までに無い、聞き分けの良い伊原を前にして、若干キツネにつままれた気分だ。  何だ、それ。  どうしてそんなに素直なんだ。  逆に怖いぞ。 「良かったじゃねぇか、瀬口。これで用は済んだんだから、もう行くぞ」  キャラの違う伊原に全く関心を示さない藤堂は、オレの腕を掴んで歩き出そうとしている。 「彼織さん、ちょっと待ってください」  その藤堂を引き留めようと、伊原がオレの反対側の腕を掴む。  綱引きの綱ってこんな感じか? 「まだ何か用があんのかよ」  カオリちゃんが凄んだ所で全く怖くない上に、用があったのはこっちなんだけどな、とは言わないでおこう。 「彼織さんじゃなくて、奈津さんに」 「オレ?」 「交換条件って訳じゃないんですけど、俺も一つ頼みたいことがあるんです」  腕を掴む手の力が少し強くなったのが分かった。  すっげぇ嫌な予感がする。  こいつ、もう既に他に好きな奴でもいるんじゃないだろうか。  有島を諦める代わりにそいつとの仲を取り持て、とか言い出すんじゃないだろうな。 「実は、上野の事なんですけど」  珍しく神妙な表情を見せてそう切り出す。  上野とは、伊原と同じクラスで柔道部の奴だったよな。  オレとしては、伊原の歯止めになってくれていた、とても良い後輩というイメージを持っている。 「彼織さんや奈津さんの時にはムカツクくらい邪魔してきたのに、今回は全くしてこないんです」  確かに、いつも伊原の邪魔(オレたちにとっては助け舟)をしていたよな。 「どうしてなのか、理由が知りたいんです」 「直接聞けばいいだろ」  バッサリと切ったのは、当然のように藤堂だ。  オレもそう思う。  同じクラスの友達なんだから、すぐに解決する話じゃないか。 「聞けませんよ!」 「どうしてだよ」 「……分かりません」  殊勝な表情で言うから騙されそうになったけど、さっきからお前が言う事全部「分かりません」な内容だったからな。  自分だけその一言で済まそうなんて許されないぞ。 「奈津さんが上野に理由を聞いてくれたら、史也さんの事は諦めますから」 「お前、そういう取引持ち出してくるか!?」 「スミマセン。でもお願いします!」  頼み込む伊原を扱いかねて藤堂に助けを求めてみたが、うんざりしたような顔が目に入っただけで期待はできない。  本当はもうこいつに関わりたくないんだけど。  上野に話を聞くくらいなら、いいかな。  有島や伊原ほど濃い奴でもなかったと思うし。  なんて思ってしまうオレは、やっぱりいいように使われているんだろうか。

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