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《番外》振り返らずに進め2 -6
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「何しに来たんすか」
放課後、柔道部を訪れたオレを見た上野の第一声がそれだった。
しかも、すっげぇ嫌そうな顔で。
オレ、そんなに嫌われてるのかなぁ。
「聞きたいことがあって」
「俺にですか?」
「そう」
頷くと、上野の表情は更に険しくなった。
「昼に伊原と先輩らが一緒にいるの見てから、すっげぇ嫌な予感はしてたんですけどね」
そう言って、頭を掻きながら息を吐いた。
オレの話を聞いてくれる気はあるみたいだけど、不本意なのが手に取るように分かる。
「伊原が、今は有島に告ってるってのは知ってるのか?」
「一応は」
と答えてから、何かに気付いたように言葉を続ける。
「てか、どうしてなっちゃん先輩がその事知ってるんすか」
前から気になっていたんだけど、その呼び方どうにかならないかな。
そんな妙な呼び方の理由は分かっているんだ。
柔道部にいる将孝 が他の連中と一緒になってオレを「なっちゃん」と呼ぶから、その後輩達がそれに「先輩」をくっ付けて呼ぶようになったのだ。
いちいち訂正する気もないけど、できればこれ以上は広めないでもらいたい。
「有島から苦情があった」
「なっちゃん先輩に苦情言うとか、どんな人選すか、それ」
オレもそう思う。
けど、人に(しかも後輩)に言われると、何となく腑に落ちない。
「藤堂に有島なんて、チョイスが王道だよな。伊原の趣味がすぐ分かる」
思わず、世間話が口から出てきていた。
顔で選んでいるとすぐに分かる。
だけど、2人とも顔に似合わず性格がキツイって共通点があるから、もしかしたらそういう趣味なのかもな。
「そこに自分が入ってた事、忘れてません?」
わざわざ教えてくれなくても、自分を入れなかったのはワザとだ。
と言うか、オレはあの2人と同じ括りではないだろ。
「オレのは弾みみたいなもので例外だから、数に入れる必要ないって」
「そうですかね」
上野が白々しく惚ける。
何か言いたい事があるようだけど、構わず続ける。
「藤堂と有島が並んでる所見たことあるか? 話の内容はともかく、華があってカワイイんだぞ」
本当に、内容はともかく。
そこに板挟みになるとかなり面倒だけど。
「俺に言わせれば、そこになっちゃん先輩が混ざってても全く違和感ないですけどね。つか、完全に混ざってますけど」
「上野は目が悪いのか?」
「言い方が悪かったですね。俺だけじゃなくて、結構みんなそう思ってますよ」
「ちょっと良く分からないんだけど」
「うん。先輩はそれでいいと思います」
上野は詳しく説明をする気はないらしく、首を捻るオレは置き去りだ。
えーっと、何の話をしていたんだっけ?
「それで、俺に聞きたい事って何です? まさか、さっきの質問で終わりじゃないですよね」
そうだった、そうだった。
情けない事に、上野に指摘されて思い出す。
オレにとって、それだけどーでもいい事だったってことでもあるんだけど。
「どうして上野の邪魔をしないんだ? 藤堂の時にはすぐに駆けつけてたのに」
「どうしてって、理由がないからですけど」
即答だった。
「藤堂先輩やなっちゃん先輩の時は、大げさに言えば使命感みたいなもんがあったんですよね。弓月さんや塚本先輩の機嫌を損ねるな、っていう」
ですよねー。
そうじゃないかと思っていたけど、やっぱりそうだったか。
実際に、弓月さん来ちゃったし。
そこで弓月さんと誠人を一緒にするのは、どうかと思うけど。
「けど、こんな事聞いてどうするんですか?」
訝るような表情で上野が訊く。
疑問は尤もだと思う。
「上野に理由を聞いてくれれば有島を諦めるって、伊原が言うから」
「……なんすか、それ」
さすがの上野も呆れ返っているようだ。
その表情はオレではなく、是非とも伊原に向けてもらいたい。
「伊原って、本当は上野に邪魔してもらいたいんじゃないかな」
「は?」
「と、いうのはオレの推測だけど」
「邪魔をしたらしたで、怒り狂いますけど?」
「だよな」
オレもそこに引っ掛かっている。
「それに、伊原が誰かを好きになる度に俺が止めに行かなきゃいけないとか、地味にしんどいんですけど」
「気持ちは分かる」
思いっきり同意する。
あの惚れっぽい奴のことだから、またすぐに誰かを好きになるだろう。
その度に上野が横槍を入れるなんて、あんまり現実的じゃないよな。
上野にも都合ってものがあるだろうし。
ふと、伊原が言っていた世迷言を思い出した。
「上野は、伊原を好きって訳でもないんだよな」
「あれ? バレてました?」
んな訳ないじゃないスかー、という反応を予想していたから、上野があっさり認めたのはそれなりに衝撃的だった。
「好き、なのか?」
恐る恐る訊き直してみる。
もしかしたら、全く違う答えが返ってくるかもしれない。
「みたいです。よく分かんないけど、気になるっつーか、放っておけないっつーか」
信じられない事だけど、伊原の妄想が当たっていた。
伊原が考えているより、上野の感情は大分冷静だけど。
けど、だからこそ、「んなバカな」という感じなんだよな。
「まさか、なっちゃん先輩に見抜かれるとは思わなかったなぁ」
のほほんとした様子で上野が言う。
見抜いたのは、オレではなく伊原だと伝えるべきか。
しかし、凄いな。
数打てば本当に当たるもんだな、伊原。
「それにしても、なっちゃん先輩は何でこんなパシリみたいな事してんすか?」
基本的な事に気付いたらしい上野が、不意に訊いてきた。
話題を変える為だったとしても、いい所に気付いてくれた。
「それはオレも不思議なんだけど、そもそもの発端は有島が伊原に付き纏われて困ってるって言ってきたって事で、困ってるって言われた所でオレにどうにかできる事もないしって言ったら、誠人に相談するって言われて」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた上に、思い返すとかなり情けない。
「それはオレ的に困るから、仕方なく有島の頼みを聞く事にして。伊原に有島が迷惑してるって伝えたら、有島を諦める代わりに上野に邪魔してこない理由を聞いてくれって頼まれて」
「何やってんすか、先輩」
「うっ……」
上野の呆れたような表情は、今回は間違いなくオレに向けられたものだった。
本当に、オレは一体何をしているんだろうか。
ガックリと肩を落として、自分の流され体質を悔やむ。
「だって、誠人に有島が相談とか本当に嫌なんだ」
想像しただけで胸が痛くなる。
何も無いって分かってる。
こんな事でいちいち嫉妬してバカみたいだって事も自覚している。
身体が傾きそうになって、目の前の上野に手を伸ばした。
道着の袖に少し触れて、そういえば誠人もこういうのを着ていたんだよなぁ、とどーでもいい事が頭を過った。
「と言うか、塚本先輩に相談したとして、何の解決にもならなさそうですけどね」
実に的を射た意見だ。
そもそも、誠人がその相談をちゃんと聞くという事が想像できない。
だけど……。
「でも、有島にとっては、誠人に相談するっていう事に意義があるんだよ」
「それは困りましたねぇ」
「思ってないだろ」
上の空な上野の相槌に言い返す。
口だけで言ってるのバレバレだ。
「思ってますよ。てか、理由ができちゃったかもしれません」
今度は、心底困ったような言い方だった。
突然どうした?
こんな短い間に、どんな心境の変化があったんだ?
「この一件、こっちに飛び火してきそうな予感がしてきました」
「飛び火?」
「伊原の事は何とかしますから、俺からもなっちゃん先輩にお願いがあります」
さり気無くオレから距離を取って上野が言う。
「何だよ」
やけに改まって言うから、こっちも構えてしまう。
「塚本先輩のストレスゲージ、あんまり上げないでもらえます?」
「は?」
真剣な面持ちで何を言うかと思えば。
どういう意味だ?
ストレスなんて言葉は誠人には似合わない。
「例えば、伊原がなっちゃん先輩の所に行って馴れ馴れしくするとか、今みたいに無防備に俺と話をするとか。そーいう事の積み重ねでゲージが上がっていくんすよ」
親切に説明をしてくれるが、あまりピンとこない。
「意味分からないんだけど」
「それは、後ろを見れば分かります」
首を傾げるオレの後ろを指して上野が言う。
何となく。
本当に何となくだけど、素直に後ろを振り向いてはいけない気がした。
と言うか、振り向かなくても、上野の態度を見ればそこに何があるのか分かってしまう。
オレの予測だけど、きっと後ろには……。
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