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《番外》振り返らずに進め2 -7

 振り返るまでもなく、上野の指した先の光景が分かってしまう。  ギギギ、と鈍い動きで後ろを見る。  想像通りの人物が立っていたから、とりあえずぎこちなく笑ってみた。  少し離れた場所でこちらを見ているのは、何故かこんな所にいる塚本誠人だ。  オレに気付かれても、誠人の表情は全く変わらない。 「伊原の事はこっちで何とかするんで、なっちゃん先輩は塚本先輩をお願いします」  人の背中を押しながら、上野がそう耳打ちする。 「有島先輩の事までは責任は持てませんけど、伊原が先輩たちに近づかないようには努力します」  だから早く「あれ」を連れて帰ってくれ、と言わんばかりだ。 「悪いな」  どうしてオレが謝らなければならないのか、という疑問はこの際置いといて、今は上野のその言葉が頼もしく聞こえる。  オレとしては、上野が伊原に関わってくれるだけでも有難い。  そうなれば、伊原の気も済むだろうし、有島にちょっかいを出す事もなくなるだろう。  そんなに上手く事が運ぶなんて都合が良すぎるけど、そうとでも思わないとやってられない。 「て事で、今日はこのままお引き取り下さい!」  念を押すような強い一言と同時に、グッと背中を押されて数歩前に進んだ。  本気で、これ以上誠人が道場に近づくのが嫌なんだな。  背中を押された勢いを引きづりながら、誠人の前まで辿り着いた。  見えてはいないけど、きっと後ろには「早く帰れ」と念じている上野がいるに違いない。 「何、してんの?」  目の前に立った所で、実に率直な質問をされた。  自分でもそう思うし、その質問はお前が初めてじゃないけど、「誰の為だと思ってんだよ」と言ってやりたい、と思ったところで、結局は自分の為にやっているんだと気付いて自嘲する。 「強いて言うなら、逆わらしべ長者みたいな?」  ピッタリ嵌ってはいないけど、ニュアンス的にイイ感じだ。  と、思うのはオレだけか。 「逆…わらしべ?」  怪訝な表情の誠人が訊き返してくる。  質問の返答としては、不十分すぎた所為だろう。 「あの話って、段々良いものに交換していくだろ。だけどオレの場合、どんどん貧乏くじ引いてる気がするんだよな」  誠人に有島を近づけたくない、という所から始まって、交換条件の繰り返しで振り回されまくりだ。  しかも、交渉相手が変わっていくだけで、最初の目的は達成されていない。 「ちょっと、意味が……」 「歩きながら話すよ。もう帰るだろ?」  そう決めつけて、返事を待たずに歩き出す。  上野との約束もあるしな。  こんな所で話し込んでしまったら、きっと上野は気が気じゃないだろう。 「伊原って憶えてる?」  誠人が後から付いて来てくれている事を確認して、話を始めた。 「ちょっと前に、藤堂に付き纏って弓月さんを呼んじゃった1年生なんだけど」 「憶えている」  弓月さんの名前を出した所為か、誠人の表情があからさまに曇った。  安定の反応で、少し安心する。  というのもちょっと変か。 「そいつが、今度は有島を好きになったらしいんだよ。それで、迷惑してるからどうにかしてくれって有島がオレに言ってきて」 「どうして、瀬口に」  やっぱり、みんなそこに引っ掛かるよな。  それを説明するの、何回目だろう。 「何か、良いように使われてるみたいなんだよな」  ぽつりと零れたセリフに、誠人が首を傾げる。  質問の答えになっていなかったから、当たり前か。 「だって、オレがダメなら、次は誠人に相談するって言うから」  そんな事を言われてしまったら、分かっていても使われてやるしかない。  オレの立場弱すぎ。 「俺に?」  誠人は怪訝な表情で訊き返してきた。 「どーせ、放っておけって思ってんだろ?」  言われる前に自分から言ってやる。  きっと、誠人には放っておけないオレの気持ちは分からないと思うから。 「藤堂とかにも言われたし、分かってもらえないかもしれないけど、オレは嫌なの」  誠人を見上げると、案の定、不思議そうな表情でこっちを見ている。 「何故?」 「誠人と有島が一緒にいるって、考えただけでムカムカする」  誰に何と言われようと、その光景を考えただけで、もう嫌だ。  不安とか、自信が無いとか、そういうキャラなのは認めるけど、それとは別に、ただ単純に嫌なんだ。  訊かれたから答えたのに、誠人の反応が無い。  どーせ、呆れているんだろうけど。 「バカにしてんだろ」 「してない」 「別に、お前と有島がどうにかなるとか心配してる訳じゃないんだけど、心中穏やかでいられないっつーか」  やっぱり、客観的に見た時に、有島のあの容姿と、誠人の前での猫の被り方がなぁ。  有島には、オレに無いものが備わっているから。  ずーん、と落ち込みかけて、隣の誠人の反応に気付いた。 「何笑ってんだよ」  手で口元を抑えて、笑っているようにしか見えない。 「ごめん」  謝ったということは、やっぱり笑ってやがるんだな。  オレが必死に駆けずり回ってるのは、一体誰の所為だと思ってるんだよ。  いや、何度も確認しなくても、それは自分の為なんだけど。  まったく。  空回ってるよな、オレ。 「と言う訳で、伊原に有島が迷惑してるって言いに行ったら、今後有島に付き纏わない代わりに上野に訊いて欲しいことがあるって言うから」 「今に至る、と」 「そう」  上野と話をしに道場に来たら、図らずも誠人に会ってしまった、と。

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