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《番外》振り返らずに進め2 -8

「ちなみに、上野からも条件出された」 「どんな?」 「お前のこと」 「俺?」  全く自覚無し。  これっぽっちも分かっていないだろうな。  自分が恐れられているなんて。 「あんまり機嫌を損ねるなって」  上野は「ストレスゲージ」って表現してたけど、そういう事だよな。 「言われた時は意味分からなかったけど、お前がここに来たって事は、オレが機嫌損ねたって事なのかな」  チラリ、と誠人の様子を窺うように見上げる。  目は合ったけど、表情は読めない。  機嫌が悪いようには見えないけどな。  誠人に、周りから恐れられている自覚が無いように、オレにも誠人の機嫌を損ねている自覚はない。  だから、こんな風にいつもと変わらない感じだと、上野の思い過ごしなんじゃないかと片づけてしまいたくなる。  けど、道場に向かっていたのは事実だからな。  きっとストレスが溜まっているんだろう。 「オレ、何かした?」  待っていても教えてはくれないだろうから、訊いてみる。 「誠人のストレスになるような事、した憶えはないんだけど」  むしろ、今日はほとんど会っていないから、オレが原因の可能性は低い筈なんだけどな。  自分に責任は無いだろう、と安易な気持ちで呟いた。  だけど、誠人はずっと深刻な表情をしている。  やっぱり、オレが何かしたのか?  長い沈黙で人を不安にさせた後、誠人がようやく口を開く。 「後輩たちと仲良くされると、面白くない」  あまりにも真っ当な回答に、足が止まってしまった。  二歩程先で誠人も立ち止まる。 「……はぁ?」  こいつ、何を言い出したんだ? 「仲良くなんかしてないだろ」  確かに、今日は後輩たちに振り回されていたけど、決して仲が良いなんて穏やかなもんじゃない。  いいように利用されているだけだ。 「瀬口に、そのつもりが無くても」  そのつもりが無いのはオレだけじゃねぇよ。  少なくとも、有島はこれっぽっちも「仲良く」なんて思っていない。  それは断言できる。 「ただ、しゃべるだけでもダメってこと?」 「駄目じゃない。ただ、俺が面白くないだけ」  誠人は淡々とそう言った。  困った。  そんな事でご機嫌を斜めにされるのは勿論、オレにもその気持ちが分かってしまうという事に困っている。  そういう幼いわがままみたいなものは、オレも結構している。  だから、誠人の気持ちは分かるし、責めることもできない。  そして何より、そんな誠人を「かわいい」と思ってしまっている自分にも困る。 「それって、ちょっと嫉妬してるって事?」 「ちょっとじゃなくて、かなり」  そんなところを訂正してくれなくてもいいというのに、誠人はわざわざそう言い直した。 「どうしてかなぁ」  有島も伊原も上野も、全然そんな雰囲気じゃないし、奴らにしたっていい迷惑だろうに。  どうして誠人はそんな風に心配してしまうんだろう。 「瀬口は、瀬口が思っている以上に、後輩に甘いし隙がある」  甘い?  隙がある?  心当たりのない指摘で、少し混乱する。  どういう意味だろう。 「後輩だけじゃないけど」  と付け足してもらったところで、何の補足にもなっていないぞ。  それに、今日の後輩たちとのわらしべ交流の発端は誠人なんだからな。  そこの所を忘れていないだろうな。 「もっと、自覚してくれたらいい、とよく思う」 「自覚、と言われても…」  何をどう自覚しろというんだよ。  接近してくる誠人を、困惑しながら見上げる。 「そういう顔も、無自覚だから困る」  誠人の伸ばした手が頬に触れて、胸が苦しくなる。  文字にしたら、正に「キュン」だ。  今更、こんな事で、まだこんな反応をしてしまうとは。  本当にオレは進歩が無い。 「だったら見んなよ」  どんな顔しているのかなんて自分で分からないから、恥ずかしくなって顔を逸らす。 「じゃあ、後で見せて」  オレの拒否に逆らうことなく、誠人はあっさりと手を引いた。  ただし、気になる一言を残して。 「後で、って……?」  察しは付いている。  けど、訊かずにはいられなかった。  ここで訊いちゃう時点で墓穴を掘ったに等しい。  分かってるよ、そのくらい。  そういう経験を多少なりとも積ませていただいているにも関わらず、それでも訊いちゃうのがオレなんだよ。 「今でもいいけど」  それで、誠人は嬉しそうに笑う、と。  お前、全然困ってねぇだろ。  機嫌治ったならいいけどさ。  すっかり機嫌が良くなった誠人は、オレの手を取って歩き出す。  このまま手を引かれて、どこに連れていかれるのか。  とりあえず、上野の出した条件は満たしたんだから、芋蔓式に有島の苦情の対応も出来たって事になるよな。  だったら、オレの今日の仕事は終了ってことで、どこへ連れて行かれても構わない、か。  とは言え……。 「あのさ、誠人」 「ん?」 「あんまり後輩に迷惑掛けんなよ」  今回は柔道部への訪問を回避できたけど、今後の事を考えて釘を刺しておく。  回避できたのが今日だけだったら、上野に顔向けできないからな。 「瀬口になら、いい?」  そうきたか。  相変わらず、サラッと攻めてくるよな。  普段がアレだから、振り幅が大きくてドキッとするんだよ。 「誠人だったら、迷惑って思わないよ」  と、呟いた直後に、誠人の足が止まった。  今の聞こえたのかな。  ちゃんと聞こえていたのか疑問な音量だったけど。 「瀬口、甘やかしすぎ」  こっちを見て苦笑する誠人が、掴んでいた手を握り締めながら言う。  しっかり聞こえていたようだ。 「そーだろうとも」  繋いだ手と手の指を絡ませて笑う。  誠人の方こそ、ちゃんと自覚してもらわないと困る。  何しろ、オレが一番甘いのは、後輩でもそれ以外でもなく、今、目の前でオレの手を引いている奴なのだから。

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