207 / 226
《番外》余談ですが「ネコ耳について」 -2
「もし、オレにネコ耳があったらどうする?」
屋上のいつもの場所でぼんやりと座っている誠人に、何の前置きも無く訊いてみた。
ネコ耳は隠すように後ろ手に持っているので、まだ誠人の視界には入っていない。
「…………は?」
寝惚けているにしても長い沈黙と、困惑の表情の疑問は当然だと思う。
誠人の不意を突くのは中々楽しいので、これはこれで良しとしよう。
「オレに、ネコ耳があったら」
「あったら……」
理解し難い質問をされているというのに、誠人はオレから視線を逸らさずに聞いてくれている。
ジッと見つめられると、少し照れる。
「カ、カワイイ……?」
照れてしまって、肝心の部分が滑らかに言えなかった。
しかも棒読み気味になってしまった。
「…………」
そして、再び沈黙が訪れる。
こちらを見たままの誠人が、やや険しい表情で何かを考えているようだ。
やっぱり止めておけばよかった。
自分からそんな事を訊くなんて図々しすぎる。
いつもいつも言われているから感覚が変になっていたけど、それは誠人がオレの反応を面白がって言っているだけで、自分から尋ねて良い事では無かった。
訊いてから気付くなんて。
穴があったら入りたいし、その中でシロに文句を言ってやりたい。
「…………どうよ?」
居た堪れなくなって、自ら墓穴を掘るような事を言ってみる。
これ以上の沈黙は辛い。
早く何か言ってくれ、と誠人を見ると真剣な顔で口を開いた。
「無くても、可愛い」
真面目に答えられて、その場に膝から崩れ落ちた。
ああ、そうだよ。
こいつはこういう事を平気で言う奴だったよ。
「……そういう事を、聞いてるんじゃなくて」
「猫より、犬の方が合うと思う」
すっかり脱力したオレのセリフに、誠人は食い気味に続ける。
その感想もズレてるし。
確かに「ネコ耳」との触れ込みだけど、作り物の耳に犬も猫も無いだろう。
「そんな事でもなくて」
犬と言うなら、誠人の方が犬っぽいよな、とかどうでも良い事を考えながら、どうにか気持ちを立て直す。
「どうして、突然そんな事を」
やっと、まともな言葉が誠人から返ってきた。
「さっきシロに無理矢理押し付けられたんだよ、これ」
無理矢理という程でもないけど、と思いながら、手に持っていたネコ耳を誠人に見せた。
誠人の視線が釘付けになっている。
でも、興奮とか興味とかは無さそう?
やっぱりな。
「誠人が喜ぶって言うんだけど、オレはそうは思わないんだよな。むしろ引くって言うか、痛いって言うか」
空笑いしつつ、自分の本意ではない事をそれとなく伝える。
オレがノリノリで持ってきたと思われたら、本当にキツイ。
「こういうのは、藤堂の方が似合いそうだよな。怒り狂いそうだけど」
ちょっと頭に付けるくらいでも、滅茶苦茶暴れそうだ。
「そうだな」
オレの予想を柔らかく肯定して、誠人が笑う。
「属性的には、藤堂は猫っぽいよな」
「確かに」
何気ないオレのセリフに同意する誠人は、もうオレにネコ耳があったら、なんて馬鹿馬鹿しい質問は忘れてしまっているようだった。
早く忘れて欲しかったから好都合だ。
シロの予想は見事に外れたな。
誠人がこんな物でドキッとする筈がないだろう。
分かってたよ。
調子に乗って、頭に付けて登場しなくて本当に良かった。
「やっぱり、これはいらないから返してこよう」
使い道の無いものを持っているのは邪魔なので、教室に戻ったらシロに返品しよう。
もっと有意義に使ってくれる人がいるかもしれないし。
独り言のように言った直後、誠人がオレの手首を掴んだ。
ネコ耳を持っている方の手だ。
「一回も、付けずに?」
そしてそんな事を訊いてくる。
え?
何?
まさか。
「…………見たいの?」
そんな筈はない、と思いつつも一応訊いてみる。
「少し」
真面目な顔して何を言っているんだ、こいつは。
もっとふざけた感じなら、ノリで「しょうがないな」って付けてもいいんだけど。
そんなに真剣な表情だと、何か怖いんですけど。
「見てどうすんの?」
「見て、考える」
何だよ、それ。
見るだけじゃないのかよ。
一体、何を考えるんだよ。
あれか!
シロが言っていたのは予言なのか!?
ネコ耳とコンドームをセットで渡してくるって、どんなチョイスだよと思ったけど、色々な意味で繋がっているのか!?
でも、ここで!?
それはマズい。
屋上は良くない。
外だし、何だかんだで出入り自由だし、隠れる所ないし、やっぱり外だし。
って、それはいくらなんでも飛躍しすぎだ。
たかがネコ耳でそんな事態になる訳がないだろ。
冷静になれば当たり前の事なのに、シロの所為で焦ってしまったじゃないか。
「駄目?」
覗き込むように訊かれて、掴まれた手首が熱くなる。
もっと普通に言ってくれ。
ノリで「見たい」でいいじゃないか。
どうして、いちいちこんなに色気を出してくるんだよ。
お前は知らないだろうけど、教室でシロに言われた事が過ってドキドキするんだよ。
「……一瞬だけ、なら」
そんなに勿体ぶるような代物ではないと分かっていても、誠人に見つめられるとどうしても素直になれない。
こんな事なら、頭に付けた所を自分で確認してから来れば良かった。
酷い有様にならないといいな。
今オレにできる事は、ネコ耳をONした姿が、せめて誠人の脳内にはカワイイの範疇に収まってくれる事を祈るくらいだ。
ともだちにシェアしよう!