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《番外》反省は誰のため? -1

 教室にも屋上にもいなかった誠人を探し歩いていたら、あっさり学食で発見した。  窓側の席に一人で座って、何か食べている所だった。  学校を休んだわけでも、先に帰ったわけでもなかったらしい。  まったく。  学食に来るなら誘えよな。  一人で食べてもつまらないだろうに。  「何を食ってんのかな」と覗き込むまでもなく、近づいただけで分かる。  誠人の前にあるのは、学食の定番メニュー。 「カレー、ですか……?」  間食にしては、あまりにも本格的に食いすぎ。  相当腹減ってたんだな、こいつ。 「昼飯」  オレの登場に気づいた誠人が、スプーン片手にこちらを見上げて一言そう呟いた。  わざわざ時計を見なくても、今が昼飯の時間じゃない事は知っている。  どちらかと言うと、夕食に近い時間帯だ。 「もう放課後だぞ」  帰宅している生徒もいるというのに、学食で昼飯食う奴がいるなんてな。 「食い損ねたから」 「どーせ、寝てたんだろ」  誠人の隣の椅子に座りながら、からかうように言ってみた。  呆れるのはもう飽きたので、その代わりに笑っておく。  遅刻して来て、その後に昼も食べないで寝ていたと言われても、相手が誠人だと何となく納得しちゃうんだよな。 「当たり」  オレの予想をあっさり認めた誠人が、こちらを見て爽やかに笑う。  誰が何と言おうと爽やかだ。  オレにとって、これ以上クラクラくる微笑は他にない。  こんな所で無駄にフェロモンを振り撒くなよ。 「西原先生が探してたぞ」  昼間に呼び止められて頼まれた伝言を、やっと伝える事ができた。  見かけたら伝えてくれ、って言われたけど、もう時間切れって事はないよな。  先生なんだし、もう帰っちゃったって事はないだろ。  数学の西原先生は、生徒との付き合い方がフランクで有名だ。  授業も分かりやすくて楽しいから、当然人気もある。  ちなみに、誠人の元同級生の西原先輩の兄だ。 「俺を?」  意外そうに訊き返してくるけど、本当に心当たりがないのか?  無いんだろーなぁ。  そういうのホントに気にしない奴だし。  仕方が無いから、教えてやろう。 「授業にちゃんと出ろ、って怒ってた」  実際は笑いながら言っていたけどな。  そろそろ指導が入っても仕方ないし、それが西原先生なのも何となく分かる。  担任じゃないけど、昔からのよしみで気に掛けてくれているみたいだから。 「ああ」  先生が探していた訳を知っても、この反応だし。  何とか三年まで進級してこれたけど、こいつって本気で卒業する気あるのかな。  ここで慌てないのが誠人なんだけどな。 「それ食ったらでいいから、先生のトコに顔出してこいよ。この時間なら、第二の生徒指導室だって。話が終わるまでここで待っててやるから」  オレとしては、「らしさ」に安心するより、年上なのに後輩になってしまうんじゃないかって方が気懸かりだ。  せっかく心配しているというのに、失礼にも誠人は無反応。  なんだよ、オイ。  その態度は。 「聞こえてますかー?」  ちょっとムッとしたので、耳元に顔を近づけて大きな声で言ってやる。  わざと煩がられるようにしたのに、誠人は全然平気そう。 「聞こえている」  返事の声も落ち着いたもんだ。  今オレは、誰の話をしているんだったっけ? 「だったら返事しろよな」  バカバカしくなってきて、つい不満気な言い方になっていた。  オレの不満声を聞いた誠人がどんな顔をしているのか見てみれば、笑ってるし。  すっげぇ楽しそうに。 「何笑ってんだよ」  反省ゼロの誠人には、何を言ってもダメだ。  分かっているのに、なんで毎回同じ事を繰り返しちゃうんだろ。  進歩ねぇなぁ。  オレもだけど、こいつも。  小さく息を吐いた俺の口元に、誠人の指が触れる。  「何だよ」と睨んでやっても、悔しいことに誠人から余裕の笑みは消えなかった。 「佑斗(ゆうと)に言われるより、瀬口に言われる方が楽しい」  それどころか、無礼な一言付き。  ちなみに、「祐斗」とは西原先輩の名前だ。  どうでもいい事だけど、西原先生と西原先輩の二人が会話に出てくる時、誠人は先輩を下の名前で呼ぶ。  混乱しないようにらしいけど、ちょっと妬ける。 「楽しい!?」 「ゴメン、間違った。可愛い」 「もっと悪い!」  誠人の指は好きだけど、あんまりバカな事ばっか言うと噛むぞ、コラ。  一年生の時からずっとこんな調子で現在に至る。  オレは、いつになったら余裕が持てるようになるのかな。  これでも、少しは成長しているつもりなんだけど…してないよなぁ。  気持ちばっかり育ってしまって、バランスは悪くなる一方だ。  オレだけこんなに好きになってしまったら、誠人には重すぎるだろうな。  軽くしようと思って出来るようなもんじゃないし、仕方ないんだけどさ。  でもきっと、誠人は知っている。  上手くバランスが取れないでグラグラしているオレに。  だから、オレが言うよりもたくさんオレに「好き」って言ってくれているんじゃないか、と勝手に思っているんだけど、それはあまりにも自惚れすぎか?  黙ってしまったオレを覗き込むようにして、誠人が口を開く。 「怒った?」  怒ってねぇよ。  態度は怒って見えるかもしれないけど、居心地の良さの方が勝っている。 「もういいから、早く先生のトコに行って来いよ」 「まだ、食べ終わってない」  手をヒラヒラさせて追い払うように言うと、誠人はやや不満そうに目の前の皿に目を落とした。 「残りはオレが食べといてやる」  渋る誠人の手からスプーンを奪い取った。  誠人は特にこれといった抵抗もせず、オレが皿を奪うのを見ている。 「怒った?」  窺うように訊くと、誠人は諦めたように軽く息を吐いた。  それから、オレの頭をポンポンと撫でて、おもむろに椅子から立ち上がった。 「いってきます」 「……おう」  そして、本当にそのまま行ってしまった。  振り向きもしないで学食を出て行く背中を見送りながら、少し反省をしてみる。  腹減ってると言っていたのに悪かったかな。  でも、本気で食べたかったらもっと抵抗するだろうし。  先生の所に行くのも大事だしな。  大丈夫だろ。  戻ってきたら謝っとこう。  ……で、だ。  オレの目の前には、まだ半分近く残ったカレーがある。  学食のカレーは美味いんだけど、オレとしてはもう少し辛い方が好きなんだよな。  でも食べるけど。  勿体無いし。  一口食べて、何となく手が止まる。  さっき誠人が頭を撫でたのが今更ながら気になって、自分でも同じ所を撫でてみた。  意味はない筈なのに、とても大切な感覚が残っている。 「……やっぱ、ちょっと甘いかも」  カレーじゃなくて、もっと別の何かが。

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