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《番外》反省は誰のため? -2

「あれ、瀬口?」  強奪したカレーも食べ終わり、誠人が戻るまでしばしの休憩をしていると、驚いたような声を掛けられた。 「こんな時間に学食にいるなんて珍しいな」  オレの座っているテーブルの横に立ってそんな事を言うのは、同じクラスの森谷だ。 「しかもすげぇ食ってるし」  座ったまま見上げると、食べ終わったカレーの皿を見て苦笑する森谷と目が合った。  丼の乗ったトレイを持っている奴に言われたくはない。  自分だって食べる気満々じゃないか。 「そういう森谷は、何を食べるんだ?」 「きつねうどん」  前の席に座った森谷のトレイを覗き込むと、確かに温かいうどんの上に大きなお揚げが浮かんでいる。  カレーのおかげで腹は空いてないけど、良い匂いにそそられる。 「瀬口って、酒弱い?」  うどんもいいなぁ、なんて考えていると、持っていた鞄を漁る森谷にそんな事を訊かれた。  高校の学食でなんて質問をするんだ。 「んー? そんなに弱くはない、と思う、けど」  語尾がしどろもどろになったのは、過去の経験が頭の中を掠ったから。  強くはない。  けど、弱い事もない、よな。 「チョコ食べない?」 「チョコ?」 「酒入ってるやつ。溶けてないとは思うけど…」  と言って、分厚い単行本くらいの箱を鞄から取り出した。  パッケージに書かれている文字は英語で、その辺のコンビニで売っているものとは明らかに違う。  パカッと蓋を開けて見せてくれた箱の中には、一口サイズのチョコレートが五粒並んでいた。  一つ分の空があるから、きっと森谷が食べたのだろう。 「何か、高そうなんだけど」  見た事の無い高級そうな食べ物は、少し気後れしてしまう。  外国の物らしいから余計に。 「海外の菓子とか売ってる店あるだろ。ウチの母親が好きで、よくこういうの買ってくるんだけど全然消費しきれなくて、どーせお腹空くんだからおやつに持ってけって」  値段の心配をしたオレの気づかいを笑い飛ばすように、森谷がヒラヒラと手を振った。 「食べないのに買うのか?」 「そーなんだよ。だから、食べてくれるとありがたい」  森谷は、カレーを完食した皿の横にチョコの入った箱を置いた。 「たまたま持ってきたのがこれでさ。部活前に食べようと思ってたんだけど、さすがに酒入ってるのは良くないかなと思って」  どうやら、森谷は持たされたおやつの中身を知らなかったらしい。  食べようと思っていたチョコが駄目だったから、食堂できつねうどんなんだな。  チョコの代わりがうどんなのは、何かしっくりこないけど。 「菓子に入ってるくらい、平気じゃないか?」 「だといいんだけど」  軽い気持ちでそう言ったオレに、森谷は意味有り気に笑った。  何か、嫌な感じだ。  だって、お菓子だろ。  チョコレートに入っている程度の量で酔う訳ないだろ。  それとも、森谷は酒に弱いのかな。  このくらいで酔ってしまった経験があるとか。  確かに、部活中に酔っていたら良くないか。  遠慮なく、ぱくっと口に入れたチョコを噛むと、じわりと中から何かが出てきた。 「あ……中、何か入ってる」  ふわっと口の中で香る液体に舌を絡めて、それが酒なのだと確信した。  こんな感じなのか。  液体が入っているとは思わなかった。  一口で食べて正解だったな。 「……美味い?」  何故かチョコを食うオレに釘づけになっている森谷が、若干顔を赤らめて訊く。 「んー、ちょっと大人な味だな」  溶けてゆくチョコは、いつも食べるようなものとは少し違う気がする。  甘いけど、少し苦くて、喉の奥が熱い。 「苦手じゃないなら全部食べていいぞ」 「いいの?」  もう一つくらい食べたいな、と思っていた所だったから「全部」なんて言われると、つい嬉しくなってしまう。 「家にまだあるから」 「そっか」  そう言えば、そんな事を言っていたな。  こういうお菓子が、食べきれないくらいあるって。 「で? 瀬口は何で一人でカレー食ってたんだ?」 「…ん?」  二個目を口に含むのとほぼ同時に訊かれたので、少し返答が遅れた。 「誠人が、西原先生に呼ばれて、戻って来るの待ってる」  今度は噛まずに、飴のように舌で転がす。  しゃべっているうちに、口の中でチョコが溶ける。  何か、これ美味いな。  癖になる。 「カレーは、誠人が食べてて、それを奪った」  口の中の甘い食べ物に意識を持って行かれて、段々言葉が曖昧になる。  腹が満たされた所為か、少し熱くなってきた。 「奪っちゃ駄目だろ。食い物の恨みは怖いぞ」  からかうような森谷の声が、少し遠くから聞こえる。 「しかも完食してるし」  森谷の笑い声は、オレに向けられているものなのだろうか。  唐突な眠気に襲われて、ちょっとふわふわする。 「瀬口、大丈夫か?」  何故か森谷がオレを心配している。  ああ、そっか。  満腹による睡魔でうとうとしているのがバレたんだな。 「だいじょーぶ」 「いや、全然大丈夫じゃねぇだろ」  椅子から立ち上がった森谷の手が伸びてきたので、反射的に避けたらグラリと身体が揺れてテーブルに突っ伏してしまった。 「酒弱いのかよ」  溜息混じりの声が聞こえて、「弱くない」と言いたいのにテーブルのひんやりが気持ち良くてどうでも良くなった。 「水持ってくるから、少し待ってろ」  そう言った森谷が立ち去る気配がする。  水、欲しいかも。  気の利く奴だなぁ。

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