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《番外》反省は誰のため? -3

 ぼんやりとした視界にチョコが映ったから、突っ伏したまま手を伸ばして一粒取ると口に運んだ。  やはり美味い。  徐々に溶けて、中のものが出てきて、口の中が幸せだ。  無くなった途端に、次が欲しくなる。  チョコの残りはあと二つ。  誠人に取っておいてあげようかな。  美味しいし。  でも、食べちゃおうかな。  美味しいし。  どっちがいいかな。  カレー、食べっちゃったしなぁ。  食べ物の恨みは怖いって、森谷も言ってたし。  でも、もう一個くらいいいかな。 「瀬口?」  食べるか残すかの葛藤中に、誠人の声がした。  これは、「残せ」との啓示だな。 「どうした?」  いつの間にか戻ってきて隣の椅子に座った誠人の手が、テーブルの上に預けたオレの頭に触れた。  誠人のこの手が好きで、うっとりしてしまうから余計に睡魔に負けそうだ。 「具合、悪いのか?」  森谷と同じように、心配する声だ。  どうしてだろう。  オレは今とても気分が良いのに。 「まさと、これ」  少し顔を上げて、中身の少なくなったチョコの箱を指した。 「チョコ?」  箱の中身を確認した誠人が、怪訝な声と表情でそう言う。  そんな顔するなんて、オレが一人で食べていたのが不服だったのかな。  誠人も食べたかったんだな。  全部食べる前で良かった。 「食べ、させて?」  美味いからお前も食べろよ、というつもりだったのに、自分の「食べたい」という気持ちが先行して妙な要求をしたようになってしまった。  そうじゃなくて、誠人に食べてもらいたいんだよ。  間違いを訂正する思考が面倒で、箱からチョコを一粒取って誠人の口元に持って行く。 「ほら」  戸惑う誠人がなかなか口を開けないから、オレの真似をしろ、というつもりで口を開けて見本を見せた。  気分的には「あーん」だけど、なんか違う?  誠人に手を掴まれて、指ごとチョコを食べられた。  指先で溶けたチョコを舌と唇に舐めとられて、そんなにチョコが好きなのかと嬉しくなった。  掴まれた手はそのままに、誠人の顔が近づいてくる。  「あ」と思った時には、唇が重なっていた。 「ん、……っん」  だらしなく開けていた口に舌が入ってきて、絡まるのと同時に口内が灼けるように甘くなった。  誠人にあげたチョコだ。  ただでさえ熱に弱いのに、二人分の舌で転がされた所為でどろどろに溶けて、もう跡形もない。 「……酒?」  唇が離れていくのと同時に、誠人の呟きが聞こえた。  口元を指で拭いながら、チョコの入っていた箱を見ている。  その様子をぼんやりと見ていたオレは、無性に寂しくなってしまった。  数秒前までオレだけを見ていてくれたのに。  今はお菓子の箱に気を取られている。  寂しい。 「もっ、と、したい」  構って欲しくて、誠人の制服を引っ張る。  さっきのキス、気持ち良かった。  なのに、こいつはもう他の事を考えている。 「瀬口、酔ってる?」  こちらを向いてくれたけど、全然嬉しそうな顔じゃない。  むしろ、険しい表情だ。  オレが酔うと、いつも誠人に迷惑掛けるから警戒しているんだろう。  でもこれは酒じゃなくてお前に酔っているんだよ、なんてセリフが頭に過って恥ずかしい。 「酔ってたら、ダメ?」  酒に酔っている自覚ないけど、誠人の目にはそう映っているのかも。  誠人は、そういう時のオレに触れるのが嫌いらしいから。  きっと、今もオレの面倒なんて見たくないって思ってたりするんだろうな。 「駄目ではない、けど」  そう言ってこちらをじっと見る顔は、とても困っているようだった。 「ヤならはっきりそう言えよ」 「嫌だとは……」 「誠人がヤなら、誰か他の奴としてくる」  誠人がしどろもどろで埒が明かないから、立ち上がろうとしたら肩を掴まれて阻止された。 「それも、ヤ?」 「それが一番嫌だ」  焦ったようにそう言う誠人が妙に可愛くて、思わずニヤケてしまう。 「へへへ……」  不審者と思われても仕方のない笑いが止まらない。 「止めてくれなかったら、どーしようかと思った」  他の奴となんて絶対に嫌だ。  誠人だからしたいのに。  ほっとして誠人を見ると、やっぱり困ったような表情をしていて、「自分で言い出したクセに」って呆れられたんじゃないかと不安になってしまった。  手を伸ばしたら、躊躇なく握ってくれる。  それから、口ではなく指先にキスをして…。 「申し訳ないんだけど、そういうのは他でやってもらっていいかな」  やけに冷めた声がして顔を上げると、学食の透明なカップに注いだ水を持った森谷が所在無し気に立っていた。  あー、水だ。  そう言えば、水持ってきてくれるって言ってたな。  トン、と目の前にカップが置かれた。  森谷を見上げると「飲め」というように頷いてくれたので、遠慮なく口を付けた。  いつもは「ちょっと温いな」と思う学食の水なのに、今日は冷たくて美味い。 「……森谷」 「これは、全面的に俺が悪い。こんなに弱いとは思わなかったし、自己申告で『弱くない』と言っていたけど、俺が悪い」  誠人が何かを言う前に、両手を胸元まで上げた森谷が何やら言い訳のような事を言い出した。  何の話だろう。 「もりや、どうした?」  二人の会話が不思議だったから訊いたのに、顔を見合わせるだけで、どちらも答えてはくれなかった。

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