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《番外》ナツには夏の誘い方 -1

※高2の夏休みくらいの話です。  午前中とはいえ、8月の日差しは焼けるようで、容赦なく降り注ぐ。  天気予報では、今日の最高気温は35℃だと言っていたけど、体感温度はもっと高いと思う。  日陰はともかく、日向はそんな程度ではない。  屋外にただいるだけでも暑いのに、オレは今、その猛暑の中を歩いている。  しかも、足早に。  何故なら、アイスを持っているからだ。  夏休みに誠人の家を訪れるのは、最早珍しくはない。  と言うか、夏休みじゃなくても、一番長く誠人と過ごしているのはあの家だ。  離れが丸々自室だなんて、環境良すぎだからな。  おかげで、箍が外れることもしばしば……。  それは、本当に気を付けないと。  お互いの欲望のままにしていたら、際限がなくなる。  そして、動けなくなって迷惑を掛けるのはオレだ。  あー……。  余計な事を考えるんじゃなかった。  ただでさえ暑いのに、更に火照るような事を考えるなんて、この炎天下の中では自殺行為だ。  そんな事より、今はアイスの事だけ考えよう。  塚本家の最寄りの駅から、いつものように歩いていたけど、あまりの暑さに負けて途中のコンビニに逃げ込むように立ち寄って、ついでにアイスを二人分買った。  誠人が好きだという、みかんのやつ。  いつもいつも、誠人の部屋にお邪魔させてもらっている身としては、手土産くらい持参するのも当然だ。  喜ぶかな、なんて安易に買ったはいいけど、それが溶けないうちに辿り着かなくてはいけなくなって、コンビニに立ち寄る前よりもっと急がないといけなくなってしまった。  真夏にアイスを手土産にするのは避けよう。  じゃないと、オレが暑さで倒れる。 「お邪魔しまーす」  汗だくで辿りついた塚本家の離れの玄関を無遠慮に開けて、やや大きな声で中にいるであろう誠人に声を掛ける。 「勝手に上がらせてもらうぞ」  雑に靴を脱いで、そのまま勝手に台所に行き、勝手に冷凍庫を開けて、買ってきたアイスを放り込み扉を閉めた。  無事、避難完了だ。  任務達成の安堵感から、冷蔵庫に寄りかかって「はぁ」と息を吐いた。  汗がダラダラと流れて止まらない。  せめてもの救いは、室内はエアコンが効いていて涼しいという所だ。  しばらくすれば汗も引くだろう。 「瀬口?」  Tシャツの短い袖で顔と首を拭っていると、襖の向こうから誠人が姿を見せた。  上半身裸で、下はハーフパンツという、なんとも涼し気な恰好が羨ましい。  気怠そうな雰囲気ではあるが、オレの様子を見て不思議そうな表情をしている。 「手土産にアイス買ってきたから、冷凍庫使わせてもらってる」  そう言っている間に、誠人は目の前まで来ていた。  伸びてきた指が、首を流れる汗を辿るように触れる。 「……っ」  そういうのは、変な声が出るから止めて欲しい。 「暑そう」 「暑いよ」  見上げて答えると、少し楽しそうな誠人と目が合った。  あれ?  なんか……。  変だな、と思ったのとほぼ同時に抱き寄せられた。  エアコンの効いた室内にいた所為か、誠人の体は少しひんやりして気持ちがいい。  自然に回した手が、ペタリと誠人の背中に直に触れて、妙に恥ずかしい気持ちになる。  と、油断している間に、耳にひたりと何かが吸い付いた。  「何か」なんて遠回しに言わなくても、確実に誠人の唇だ。 「ひっ……」  耳朶を這う濡れた感覚に、思わず声が漏れる。  舐められている。  物理的に。  会って30秒でスイッチ入れるなよ。  暑いのに、別の意味でゾクゾクする。  つー、っと背中を流れる汗の感覚にすら、何かの意味を感じてしまう。 「それ、止め……ろ」  這わせた舌は、現在は首筋付近にいらっしゃる。  耳も弱いけど、首も弱いから、本当に止めて欲しい。  しかも、少し引いたとはいえ、汗が流れている状態でそれは色々辛い。  腰に回された手によって、逃げることもできない。 「オレ、めちゃくちゃ汗かいてて……」 「うん。瀬口の匂いだ」  何とか距離を取ろうとしても、力が足りない。  こちらの事情を汲んでもらおうとしても、クンクンと匂いを嗅がれて逆効果だった。  と言うか、オレの匂いっていうか、汗だろそれ。  それを好んで嗅ぐとか、どういう鼻してんだよ。 「水でいいから、何か浴びさせて」  あまり強く言えないのは、きっとこいつが服を着ていないから。  下は穿いているけど、上は何も着ていなくて、密着するとドキドキしてこちらの気持ちも高揚してしまう。  背中も、胸も、腕も、触れた瞬間はひんやりとしているのに、直ぐに熱を持って吸い付く。  汗ばんだオレの身体が、誠人を引き摺り込んでいるように思えてしまう。 「これから、また汗をかくのに?」  誠人の手が、腰から上に撫でるように上がってくる。  Tシャツの中は熱くて、流れる汗を塗り込めるように撫でられる。  そんなの気持ち良い筈ないのに、触り方がヤらしく感じてふにゃっと力が抜けてしまう。 「え……っと、そうなの、か?」  惚けてみても、誠人がこれから何をする気かなんて分かりきっている。  一連の緩い愛撫で、オレのスイッチもほぼ入っている。  その先の感覚を想像して、更に熱くなる。 「終わったら、一緒に入ろう」 「いや、でも……」  ただでさえ、何の面白味もない身体なのに、この暑さで汗まみれなのは自信を失う。  オレみたいなのを抱いて楽しいのかな、って不安なる。  誠人の様子を見る限り、めちゃ楽しそうだからいいんだけど。  ……。  いいなら、いいのかな。  息を整えながら、誠人の肩に触れた。  なぞるように指先を鎖骨に移動させる。  首から顎にかけての骨格を確かめるようになぞった。  同じ男なのに、オレとは違う逞しさがある。  その身体が、こんなオレを求めてくれるのが堪らなく……。 「好き、だ」  少し背伸びをして、誠人の後頭部に回した手で顔を寄せて唇を重ねる。  あー……、もう少し身長が欲しい。  いや、少しどころじゃないな。  せめてあと5㎝くらいは。 「……ぅっ、んっ! ん、は、ぁ……ん」  ガシッと顔を持たれて、口の中を舐め回される。  ねっとりとした水音と、苦しさに喘ぐ自分の声が耳に響く。  息継ぎぃ!  ブラックアウト寸前にようやく離されて、力の抜けた身体を抱きかかえられた。 「今のは、反則」 「はんそく?」  ポツリと呟いた誠人の言葉に、抗議も忘れて首を傾げた。  酸素足りてないから、頭が全然回らない。  何の話だ? 「多分、すぐには終わらない」  と、言うや否や、横抱きにされて寝室に運ばれていた。

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