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《番外》「と、いう夢を見た」鳥肌編 -2

※後半は瀬口視点。 「……っていう夢を見ちゃったんだけど!!」  朝から何やら様子がおかしかった藤堂に、軽い気持ちで理由を訊いたら早々に後悔した。 「へぇー」  と気の無い相槌を返すのが精一杯だ。  重大な悩みでも抱えているのかと心配して損した。  そして、最後まで聞いてしまって後悔した。  今のって、ただのノロケだよな。  何だかんだ言って、仲いいだろうと思うし。  でも、良く考えたら、仲良くしている所見た事なかったな。  いやでも、ケンカする程仲が良いと言うし。 「悪夢だ! 一生のうちに一度見るかどうかってくらいの悪夢だったんだよ!」  机に突っ伏した藤堂が、脚をばたつかせながら叫んだ。  休み時間の教室の片隅とはいえ、あまり騒ぐと迷惑だぞ。  それに、オレには悪夢には思えなかったけどな。  むしろ、夢の中で新婚さんごっこでもしてんのかよ、って茶化してやろうかと思ったくらいだ。 「良かったな。弓月さんが優しくて」 「ちがーう、だろ! いくら優しくても、夢だったら何の意味もないんだよ」  当たり障りのない感想を告げたら、即座に否定された。  そして「確かに」と納得してしまった。  夢で優しくされても、結局は自己満足だもんな。  現実に起きない事なら、尚更、目が覚めた時に虚しくなる。  いや、別に、弓月さんが藤堂に優しくするなんて現実に起らないと思っている訳じゃないんだけど。  ……誰に言い訳しているんだ、オレは。  きっと、藤堂の前では優しい時もあるんだよ、な?  あまり想像付かないけど。 「オレが言いたいのは、フリフリ純白エプロン姿が眼に、てか、脳に焼き付いて離れねぇ! って事だっ!」  椅子から立ち上がった藤堂が、バシバシと机を叩きながら再び叫んだ。  その悲痛な声は、何故かオレの耳にはあまり良く聞こえなかった。  と言うか、聞きたくなかった。  弓月さんが、フリフリって……。  ごめん、藤堂。  オレの想像力じゃ、その光景はちょっと無理だ。  顔が良いとは言え、身長180㎝程のそこそこガタイの良い男にフリフリのエプロンなんて。  ……何も浮かばない。 「きっとこれは、近いうちにオレに何か不吉な出来事が起きるという虫の報せだ。もしくは、世界が滅びる前兆だ!」  虚無になりつつあるオレの想像力を置いて、藤堂の思考はどんどん先に進んでいく。  弓月さんがフリフリ純白エプロンを付けて料理をしていた夢で、どうして世界が滅びるんだ。  大袈裟すぎるだろ、と苦笑いで見守りつつ、ずっと空気のように黙って席に座っている塚本に目を向けた。  静かなのはいつもの事だけど、少し様子が違う。  項垂れて、両腕を擦っている。  寒い訳ではなさそうだけど。 「塚本? どうした?」 「……鳥肌」  覗き込んだオレに、程よく焼けた腕を見せてきた。  申告通り、腕にはびっしりと鳥肌が立っている。  つられて、こちらまでゾクッと悪寒が走った。 「え!? 何で?」 「今の、弓月の話」  想像力の乏しいオレとは違い、塚本はフリフリ純白エプロン姿の弓月さんを脳内に誕生させてしまったらしい。  気の毒に。 「想像しただけで、耳から血出そう」  え?  そんなに!?  と言うか、だったら無理に想像すんなよ。 「このおぞましい悪夢を分かってくれる人がいて良かったー」  げんなりとする塚本を見た藤堂は、仲間を得られた喜びからかご機嫌にそう言って笑った。  いや、塚本を犠牲にしといて「良かった」って。 「マサくん、どうせならなっちゃんで想像すればいいのに」  藤堂よ、その助言は必要か?  オレにフリフリ純白エプロンなんて、弓月さん以上に鳥肌ものだろうよ。  と、思って塚本に視線を向ける。  じっと、こちらを見る目が何となく、危うい、よう、な……?  凝視されている感じが落ち着かなくて、妙にソワソワする。  そんなオレの様子を見て、塚本は気が抜けたように「フ」っと笑った。  何だよ。  本当に想像しているんじゃないだろうな。  それで、「似合わねぇ」ってバカにしてんのか? 「鳥肌、立ったか?」  笑われているようで不満だったから、また鳥肌でも立ったんじゃないかと嫌味っぽく訊いてやった。  さっきまで鳥肌に覆われていた腕にちらりと視線を送るけど、塚本の腕は通常運転だった。  拒絶反応は出ていないようだ。  ここは、喜ぶべきところだろうか。  それとも、「何考えてんだよ」と怒るべきか。 「いや。瀬口だったら、勃つのは別のモノだな」  どうでも良いことで悩むオレの頭に、まだ笑ったままの塚本の手がぽんと乗ったかと思ったらそんな事を言われた。  別のもの?  何だろ。  首を傾げて頭の上に「?」を浮かべているオレの髪を、塚本は楽しそうに撫でている。  その「別のもの」が何だか分からないけど、この流れは絶対によくないものだな。  ゆっくりと離れていく塚本の手を名残惜し気に見つめながら、深追いは止めようと決めた。

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