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《番外》余談ですが「ハロウィンについて」
※瀬口が高校一年生の10月の話。サブタイの通り。
高校最初の文化祭の盛り上がりの余韻から抜け出しつつある、10月の終わりの日の事。
駆け足で過ぎて行った秋を実感する間もなく、朝晩は肌寒くて既に冬の到来を感じる。
そんな朝に、学校の最寄り駅付近のコンビニから出てくる渡部先輩とばったり会った。
飄々とした美人の三年生で、一昨年のミスコン優勝者で、今年の文化祭実行委員長だった人だ。
文化祭実行委員をやったおかげで上級生の知り合いも多少できたけど、渡部先輩はそれよりも前に微妙な出会いをしていた所為か、オレの中では少し特殊な存在だ。
口だけでも、オレの事を心配してくれるのはありがたいんだけど、その方向が若干ズレているんだよな。
「おはよう」
「おはようございます」
真正面からお互いの顔を見るような角度だったので、軽い会釈で済ます事はできず当たり障りのない会話をした。
「すっかり寒くなったよね」
「そうですね」
相槌を打ちながら、渡部先輩の手元が気になって視線を向けた。
おそらく今コンビニで買ってきたものだろう。
ファミリータイプの、何種類かの味が入ったのど飴の袋だ。
買ってきたばかりと思しきそのアメの袋を、今まさに開けようとしている。
「色々な味が入っていていいよね」
オレの視線に気付いた渡部先輩は、言いながら開けた袋の中に手を突っ込んだ。
「好きな味とかある?」
物欲しげ気に見えてしまったらしく、気を遣われてしまった。
「いえ、特には」
それ全部食べるのかな、と思っただけで、欲しいと思って見ていた訳じゃないんです。
「じゃ、はい」
だけど、先輩はそう言って、無造作に掴んだ個別包装のアメをくれた。
咄嗟に出した手にポロポロとアメが三つ程落ちた。
グレープとレモンと桃のフレーバーだ。
「三つで足りるかな」
「いや、一つでいいですよ」
オレの手にあるアメを数えた渡部先輩が、よく分からない事を少し心配そうに言う。
むしろ多いと思いますが。
「お守りみたいなものだから、今日一日持っていて」
オレの言葉は綺麗に無視されて、可愛く笑ってそんな事を言われた。
どういう意味だ?
「明日になったら食べちゃっていいからね」
更に意味不明。
どうして今日じゃなくて明日?
逆に言えば、今日は持っているだけで食べてはいけないという事か?
「何で……」
「足りなくなったら遠慮なく言ってね」
「いや、だから」
「じゃ、気を付けて」
「何にですか」
「健闘を祈る」
オレの疑問には何一つ答えてくれないまま、渡部先輩は軽やかに去って行ってしまった。
最後の健闘を云々に至っては、心当たりが無さすぎて混乱する。
だけど、渡部先輩にしては力強い励ましの言葉だった所為か、嫌な予感がしまくって学校に向かう足取りは3分前とは比べ物にならないくらい重くなってしまった。
アメを三つ携えて過ごす、その意味が分かったのは昼休みの事だった。
「なっちゃん、Trick or Treat~!」
学食に向かう途中の廊下を歩いている時に、やけに上機嫌な安達と仲井に見つけられてしまった。
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら近寄って来る。
何だよ。
用事なんて無いからこっち来んな。
逃げたいという気持ちから、無意識に隣にいた誠人にぺたりと体を寄せた。
誠人がいるから妙な事はされないと思うけど、苦手なものは苦手だ。
「早くしないと、イタズラしちゃうぞ」
目前までやってきた安達が、覗きこむようにそう言って笑った。
イタズラ?
何の話だ?
つーか、何でそんな事されなきゃいけないんだよ。
訳が分からな過ぎるのが不安で、思わず誠人の制服の裾を掴んだ。
「は?」
「そーいう日でしょ」
「嫌ならお菓子くれなきゃ」
ケラケラと笑いながら、安達と仲井は口々にそんな事を言う。
態度は相変わらずムカツクけど、いつもと要求の方向性がちょっと違う。
そーいう日?
お菓子?
あれ……。
今日って、ハロウィンか。
自分に全く関係のないイベントだからすっかり忘れていたけど。
そう言えば、最初に「Trick or Treat」って言ってたかも。
いや、でも、それって子供のセリフだったよな。
高校生が、後輩に言うセリフではないだろ。
「なっちゃーん、どうするの?」
「カレシの前でイタズラされちゃう?」
くい、と顎を持たれて、嫌らしい言い方と笑みで揶揄ってくる。
本気じゃないと分かっていても、ムカツクものはムカツク。
反射的に振り払おうとしたら、オレの手よりも先に誠人が払ってくれた。
「勝手に触るな」
ムッとしたような声の誠人は、威嚇するように安達と仲井を睨んでいる。
オレが言ってもこいつらは全然聞いてくれないから、誠人がそう言ってくれると助かるし有り難い。
しかも、独占欲みたいなものを感じられて密かに嬉しいから、オレの心にも優しい。
安達に触られるのは嫌だけど、今の誠人にはキュンとしたわー。
「でも、今日はそういうイベントだし」
「そうそう。今日だけ、今日だけ」
いや、オレはそんなイベントやってねぇし。
お前ら「今日だけ」じゃないし。
誠人の威嚇にも動じないなんて、イベントを免罪符と勘違いしているんじゃないだろうか。
なんて厄介な。
『お守りみたいなものだから、今日一日持っていて』
不意に、朝一で言われた渡部先輩の言葉が脳裏に蘇った。
もしかして、「お守り」ってこれのことか?
だから、今日一日持っていろと言ったのか。
明日になったらもう必要ないから、食べていいって。
あの時は、変な事を言うな、くらいにしか思わなかったけど、今頃になって腑に落ちた。
渡部先輩、マジで優しい。良い人。
「じゃあ、これ」
渡部先輩に心の中で感謝しつつ、ポケットの中から朝貰ったアメを取り出して安達と仲井に押し付けた。
用途としては間違っていない筈だ。
「なっちゃんて、こういうの持ち歩く子だった?」
アメを受け取った仲井は、意外そうにそう言ったかと思ったら早々に袋を破いて中身を口に入れた。
確かに、いつもは持ち歩いてはいない。
今日だって、朝に偶然渡部先輩に会わなかったら持っていなかった。
「いや、貰い物」
「誰から」
「朝、三年生の渡部先輩にお守りみたいなものって言われて」
「うわ~、さすがは鉄壁の渡部」
「……何それ」
妙に納得した様子の安達が、聞き流すにはちょっと無理のある事を言った。
今、なんか中二病的な響きが聞こえたような。
何だよ、その痛々しい通り名は。
「あの人、めちゃくちゃ防御力高くて未だかつて誰もその壁を越えた者がいないから」
「一見、フワフワ系なのに騙されるんだよな」
「実際は鋼鉄系だからね」
渡部先輩の評価ってそんな感じだったのか。
確かに、防御力高そうだけども。
いや、本当に高いんだろうけど。
「なっちゃんが、あまりにも初期装備だから心配されたのかな」
そう言ってニヤニヤと笑う仲井の言葉は、失礼だけど間違ってはいないのかもしれない。
思えば、最初に会った時から、渡部先輩には心配をされていた。
ズバッと「無防備だ」と言われたよな。
こいつらから見れば隙の無い「鉄壁」なのかもしれないけど、オレにとっては物凄く頼りになる先輩だ。
今だって、アメをあげただけで、厄介な二人は詰まらなそうに立ち去って行った。
勝手にイベントに巻き込まれるのは迷惑だけど、大人しくそのルールに従うのならアメの効果は絶大だ。
今度話す機会があったら、渡部先輩にお礼言っておこう。
「残りはいくつ?」
二人を見送った誠人が、訊いてきた。
多分、オレが持っているアメの数だろう。
二つ使ったから……。
「あと一つ」
じっとこちらを見る誠人と目を合わせて答えた。
何か言いたい事がありそうだ。
アメ、欲しいのかな?
「何?」
「残念だな、と思って」
「残念?」
予想外の返答だったから、少し驚いた。
まだ一つ残っているのだから、欲しければあげるのに。
味は選べないけど、全然残念じゃないのに。
「今日は、瀬口にイタズラできない」
「……は?」
最後の一つを取り出そうとポケットに手を入れた所で、擽るような声が耳元で響いた。
間近で微笑まれて、今のセリフと合わせて頭の中が真っ白になった。
イタズラ?
お前が、オレに?
する気だった、とか?
「瀬口?」
どんなイタズラする気だったんだよ、なんて考えてしまったオレの脳内が大変な事になっている事を見透かすように、面白そうなものでも見つけたような表情の誠人がこちらを見ている。
揶揄われているのは分かっている。
こいつには、元々そんな気は無い。
オレが慌てたり、照れるのを見て面白がっているだけのは知っている。
だけど、そういう事を言われると、堪らなく胸が苦しくなる。
相手が誠人なら、お菓子じゃない方を選んでしまうだろう。
されたい訳じゃないけど、されたくない訳でもない。
「誠人には、アメはあげない、と、思う」
こんな恥ずかしい葛藤を口にするなんてできないけど。
オレが言えるのなんて、所詮こんな程度のセリフだけど。
あいつらと同じじゃない、という事くらいは伝わって欲しい。
「そうか」
オレの気持ちが正しく伝わったかは分からない。
でも、満足そうに笑ってオレの頭を撫でる誠人の手が心地良いから、ポケットの中で握りしめていたアメから手を放した。
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