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《番外》「と、いう夢を見た」赤い糸編 -1

※時期は瀬口が高3年生。いつもの夢の話です。 「赤い糸、信じる?」  どこからともなく、そんな呟きが聞こえた。  あまりにも唐突な質問で、返答に少し時間を要した。 「……赤い糸?」 「そう」 「運命の人と繋がってる的な?」 「そう」  声の主は、こちらの質問に淡々と頷く。  まさか、とは思ったけど、オレが考えている「赤い糸」と相違はないようだ。 「まぁ……あったらいいな、くらいには信じてる、かも」 「そうか」  質問の意図は分からないけれど、一応返答はしてみた。  俗に言う「運命の赤い糸」?  小指に結ばれた赤い糸が、運命の人と繋がっているとかなんとか。  随分と乙女チックな発想だけど、もし本当にそんなものがあるなら見てみたいとは思う。  自分と繋がっている人がいるなら……。 「それがどうした?」  自分と繋がっている人がいるなら、それは……誰だろう、と思うのと同時に一人の顔が浮かんでしまって無性に恥ずかしくなった。  赤くなっているであろう自分の顔を誤魔化すように、声の主に訊ねた。  突然そんなファンタジーな事を言い出すなんて、あきらかに不自然だ。 「実は、見えるんだ」  淡々とした口調を崩すことなく、衝撃の事実を告げてくる。 「……ん?」  聞き違い、だろうか。  突然のファンタジー展開に頭が付いていかない。  むしろ、まさかの不思議ちゃん発言にやや引きかけている。 「昨日までは、瀬口と繋がっていた」  冗談を言っているのだと分かっていても、冗談を言っているとは思えない真剣な口調に惑わされる。 「……昨日、まで」  そして、不吉な一言に引っ掛かる。  昨日まで?  じゃあ……。 「今は?」 「瀬口とは、繋がっていない」  突き放すような一言で済まされてしまった。  オレとは繋がっていない。  その事実だけで十分だと言わんばかりの言い方だ。 「だから、もう一緒にはいられない」 「は?」  なんだ、それ。  どういう理屈だ。  そもそも、赤い糸が見えるって意味分かんねぇし。  昨日まで繋がってたのに、今日は繋がってないとか、そういうものなのか?  つーか、お前が今までオレと一緒にいたのは、糸が繋がっていたから!?  ふざけんなよ! 「誠人!」  立ち去ろうとする背中に向けて呼びかけた。  当然、オレにはそんなもの見えないけど、お前には本当に見えるのか?  オレ以外の誰かと繋がった赤い糸が。  今から、その子の所に行く、のか。  オレを置いて。 「大丈夫だよ」  走って追い駆けようとした矢先に、相変わらずの感情の無い声が降って来た。  その響きに、何一つ安心できる材料はない。 「瀬口も、もう他の誰かと繋がっているから」  どういう意味だよ。  と問いただしてやる間も無く、背後に知らない気配が迫っていた。  気付いた時には、背中から回された腕に抱き込められて身動きが取れない。  知らない男の身体と吐息に身の毛がよだつ。  嫌だ!  誠人じゃない奴に触られるのも、誠人がオレじゃない人の所に行ってしまうのも、どちらも耐えられない。  「行かないで」と叫びたいのに声が出ない。  背後の男の手が、無遠慮に身体を這いまわって吐き気がする。  オレの糸が、こんなのと繋がっているなんて気持ちが悪い。  例え繋がっていたとしても、誠人以外の奴に触られるなんて耐えられない。  嫌だよ、誠人。  助けて。  戻って来て。  どこにも行かないで。  傍にいて。 「…………誠人!」  その名を呼ぶ自分の声で目が覚めた。  しばらく呆然としてから、夢を見ていたのだと気付いた。  名前を読んで目覚めるとか、かなり恥ずかしい。  と同時に、何て夢を見てしまったのだろうと落ち込む。  何だよ、赤い糸って。  つーか、誰だよ「他の誰か」って。  そもそも、好きになったのが誠人だっただけで、オレは男が好きな訳じゃないのに、誠人に振られた後も普通に男と付き合う的な展開はどうだろう。  あそこは可愛い女の子でも良かったんじゃないだろうか。  と言うか、どうして振られる夢なんて見るんだよ。  どうせなら、別の意味で恥ずかしくなるような幸せな夢が良かったな。 「はぁ……」  自然と大きな溜め息が漏れて、起床時間までもう一眠りしようと瞼を閉じた。

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