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《番外》「と、いう夢を見た」赤い糸編 -2

「て、いう夢見て落ち込んでんの!? え? 夢で? 何それ、可愛い。ちょっとマサくんに報告してきていい?」  矢継ぎ早にそんな事を言って楽しそうに笑うのは、高校3年生になっても見た目美少女な藤堂だ。  むしろ、新入生の時よりも成長して大人っぽさが加わった分、破壊力が増してしまっている。  制服姿で辛うじて男子である事が分かるというのに、今は体育の授業の為ジャージ着用という状態で完全に性別が迷子だ。  こんなのがフラフラ歩いていたら速攻で声掛けられまくる所だろうけど、生憎とこの高校ではそれはまずない。  弓月さんが怖いから。  この春、目出度くご卒業されたにも関わらず、弓月さんの影響力はとても大きい。  藤堂に不用意に声を掛けようなんてする奴なんて、1年生の伊原くらいだろうか。  その伊原だって、弓月さんの洗礼を受けて以降、藤堂に対して「口説く」という行為はしていない。  ちなみに、現在、伊原のクラスとは同じ体育館で体育の授業被り中だ。  体育館を粗いネットで分断し、3年生と1年生がそれぞれ別の授業を行っている。 「なんでだよ!」  嫌な夢を見てしまった所為で朝から不機嫌の理由を一日中詮索され、さすがに鬱陶しくなって正直に喋ったら、藤堂は目を輝かせて笑いやがった。  本日の午後一の授業は体育館でマット運動なので、些か緊張感に欠けるのは仕方ないにしても、大袈裟に喜び過ぎだ。  床に座った態勢から腰を浮かせて立ち上がろうとしたので、慌てて藤堂の腕を掴んだ。  授業中だから本気じゃないと分かっていても、つい手が出てしまった。 「そもそも、なんで赤い糸?」  あっさりと立ち上がる事を止めた藤堂は、オレの横に座り直して楽しそうに言う。  確かに、夢にしても唐突だよな。  それは認める。 「今度、そういう映画やるだろ」  笑われているのが悔しくて、どうしてもぶっきらぼうな言い方になってしまう。 「映画? そうなんだ?」 「たまたま見たテレビで宣伝やってるの見ちゃって」  赤い糸が見えるヒロインが、自分の糸を辿って運命の人を探す話らしい。  ヒロインは、赤い糸を頼りに周囲の人たちを次々とくっ付けていくんだけど、自分と繋がっている人にはまだ会えていなくて、20歳の誕生日をきっかけに探し出す旅に出るのだ。  主演は、最近よくCMに出ていて、雑誌のモデルもやっていて、同年代の女子に人気がある子だとか。  どういう役柄かは知らないけど、アイドル兼俳優みたいなイケメンも出るから、完全に女子受け狙いの映画だろうと予想できる。 「へぇー。面白そうだったんだ?」  誰が出ているのかとか、どんな話なのかとか、一切聞いて来ない辺り、藤堂はあまり興味が無さそうだ。 「まぁ……それなりに?」 「マサくんと見に行きたいって?」 「さすがにそこまでは……」  アクション系とかならまだしも、ゴリゴリの恋愛映画に誠人を誘うのは、ちょっと抵抗がある。  どんな精神状態で、映画館で二人並んで見ればいいんだよ。  そもそも、そんなに見に行きたい訳じゃないし。 「なっちゃん……」  言い淀んだオレの様子を見た藤堂は、何やら憐れむような眼差しを向けてきた。 「マサくんに理不尽に振られて可哀想」 「やっぱり言うんじゃなかった!」  その顔は、赤い糸が原因で振られた夢を見て落ち込んでいるオレをバカにしている顔だ。 「奈津さん、振られちゃったんですか!?」  突然現れて必要以上の大きな声で不吉な事を抜かすのは、同じく体育館で体育の授業中の1年生の伊原だ。  1年生は体育館の半分を使ってバスケをしていた筈なのに、いつの間にか3年生側に侵入してやがる。  藤堂に気を取られて、傍に寄って来ていた事に全く気付かなかった。 「伊原! どこから湧いて出た」 「ずっといましたよ」  そりゃ、体育館にはずっといただろうけど、オレが言いたいのはそうじゃない。  一応授業中なんだからな。  自由に往来できるからって、勝手にこちら側に来ちゃ駄目なんだぞ。 「そんな事より、今の話、本当ですか!?」  やけに真剣な表情で訊かれたけど、伊原の言う「今の話」は本当ではない。  夢の話、という点では本当なのかもしれないけど、伊原が思っているような事態にはなっていない。  しかし、当然の如く、伊原はこちらの話を聞かない。  訊いておいて、オレの返答を待つ気など一切ないのだ。 「奈津さん、俺はいつでもオッケーですから、奈津さんを振るような奴とは安心して別れちゃってください」  屈託のない笑顔でそんな事を言われても、何も安心できない。  何しろ、完全なる勘違いなのだから。 「何がオッケーなんだよ」  と、一応訊いてやる。  大体の想像は付くけど。 「いつでも付き合えます」  予想通りの答えが返ってきて、思わず笑ってしまった。 「ぶれないなぁ」 「はい。めちゃめちゃ幸せにします!」 「それは他の子に言ってやれよ」  有島に告白をした後の話は耳に入ってこないけど、こいつの事だからきっと誰かに一目惚れしているだろう。  それとも、同じクラスの上野と何かしらの進展でもないのだろうか。  そんな邪推をしつつ、そう言えば今日は上野の阻止が無いな、なんて事を考えていた。 「今は、奈津さんに言いたいです」 「本当に節操無いよな、こいつ」  呆れ返った藤堂の言葉が聞こえた途端、伊原の視線は素早くそちらへ向けられた。 「彼織さんて、ジャージだと性別不明感増しますねー」  藤堂を見た伊原は、期待通りのセリフを口にする。  でも、それはオレも常々思っていた事だから、心の中でこっそり賛同してしまった。 「お前、そこのネットに絡めて動けないようにしてやろうか」 「え、緊縛系ですか? 彼織さんとだったら、ちょっと興味ありますけど」 「言ってねぇよ!」  人の神経を逆撫でする才能をいかんなく発揮した伊原により、藤堂も機嫌は順調に悪くなっていく。  もっと言い方考えればいいのに。  ああでも、そういう所が伊原なんだよな。  つい微笑ましく見守っていると、伊原が何かに気付いたように再びこちらを見た。 「奈津さん、具合悪いですか?」  心配そうにそう言って、覗き込んでくる。  具合悪い自覚は無いけど、心当たりならある。 「顔、青いです」 「ちょっと食欲無くて」  引っかかる事があって、朝食も昼食もあまり喉を通らなかった。  もしかしたら、オレは男が好きなんじゃないか問題だ。  と言っても、誠人以外の男にそういう気持ちになった事は一度もない。  だから、自分では誠人限定だと信じているんだけど。  ここにきて、そんな基本的な事で悩むとは。  ずーっと誠人が一緒にいてくれれば、何の問題もないんだけどな。  いて欲しいな。  あの夢、やっぱりオレの願望なのかな。  内容はともかく、「どこにも行かないで」って普通にいつも思っている事だ。 「伊原ー!!」  突然、体育館に怒声が響き渡った。  こちらのマット運動はともかく、隣のバスケでは常に大きな声が響いているけど、その比じゃないくらいの大きな声だった。  オレが呼ばれた訳じゃないのに、ビクリと動きが止まってしまった。  今の声は、上野?  伊原が、藤堂やオレの所に来ると必ずと言って良いほど姿を現していた上野の声だ。  どこにいるのかと探してみると、バスケの試合が終わってダラダラと解散する集団の中に発見した。  バスケットボールを片手で肩まで持ち上げて、こちらを睨んでいる。  今日は随分遅い登場だと思ったら、試合中だったんだな。  伊原は、試合中で身動きの取れない上野の目を盗んでこっちに来たんだな。 「お前、ちょっと目を離した隙に何してくれてんだよ!!!」  そう怒鳴った上野は、体育館を真ん中で分断するネットを越えた所で手に持っていたバスケットボールを伊原に向けて投げ付けた。  投げつける直前、上野が振りかぶった所までは憶えている。  上野の怒りに気付いたい伊原が、咄嗟に避けたのも見えていた。  「あ」と思った時には、飛んできたバスケットボールが目の前にあって。  ゴン! という音が頭に響いた、ような気がした。

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