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《番外》「と、いう夢を見た」赤い糸編 -3
ぐわん、と頭の中に音が鳴り響く。
ゆっくりと瞼を上げると、そこは白くて薄暗い部屋だった。
浅い眠りから覚めたような感覚で、自分の置かれている状況がよく分からない。
体育館で授業中だった筈なのに。
「瀬口」
オレを呼ぶ声は、藤堂でも伊原でも上野でもない。
「起きた?」
そう言って、心配そうに覗き込んでいるのは誠人だった。
いつもみたいに余裕の有り余った微笑みではなくて、何故か辛そうな表情でこちらを見降ろしている。
表情はともかく、視界に映る誠人の姿に何となくほっとした。
状況が分からないけど、誠人がいるなら大丈夫だと勝手に安心する。
辺りを見回して、どうやら保健室のベッドに寝かされているのだと判断した。
ベッドの周りにはカーテンが引かれていて室内を見渡すことはできないけど、こんなちゃんとしたベッドがあるのは保健室しかないし、ちょっと消毒臭い室内も特有のものだ。
どうして他のクラスの誠人が、ベッドの横の椅子に座って付き添ってくれているのかは謎だけど。
上野の投げたバスケットボールが直撃して、意識飛ばしたのかな。
そこで記憶が途切れているから、きっとそうなんだろう。
情けないなぁ。
避けられなかったのも、当たって倒れちゃうのも。
「俺が、分かる?」
意識がなくなる直前の回想をしていたら、誠人から不思議な質問をされた。
少し怯えたような、硬い顔をしているのは、気のせいだろうか。
「……誠人」
あまりお目にかかった事の無い誠人の雰囲気を気にしつつ、名前を言ったら誠人の緊張が少し解けたような感じがした。
「俺は、瀬口の何?」
そして、次の質問をされた。
そこでようやく誠人が柄にもなく緊張している理由が分かった。
頭を打って意識無くして運ばれたから、異常に心配してくれているんだな。
何しろオレには前科があるからな。
体育祭の騎馬戦で落っこちて、数日間だけど記憶飛ばした前科が。
あの時は、誠人の事はすっかり忘れてしまって、その所為で人間関係が結構拗れたらしい。
主に塚本誠人の。
オレが誠人を綺麗さっぱり忘れてしまって、誠人はそれはそれは辛い思いをしたのだ、と後から聞いた。
それを思い出して、胸の奥がギュンと疼くように痛くなった。
「…………付き合ってる人」
何て言ったら良いのか分からなくて、あまり色気の無い言い方になってしまった。
元々、オレにそんなもの無いけど。
それにしても、ここで「恋人」とかと言えないのがオレの致命的な所だ。
オレがそんな事を気にしている間に、誠人の手が髪を撫でてくれた。
その顔は柔らかくなっている。
良かった。
安心してくれたみたいだ。
そして、授業は既に終わっていてもう放課後なのだと教えてくれた。
オレ、どれだけ意識飛ばしていたんだろう。
いくら何でもヤバくない?
大丈夫かな、頭。
「彼織ちゃんから、聞いた」
自分の頭の機能にやや不安になりながらも上体を起こすと、通常運転に戻った誠人がゆっくりと口を開いた。
「赤い糸の夢の話」
授業中にボールが当たった話かと思ったら、そっちかよ!
余計な事をっ。
「……やっぱり、言うんじゃなかった」
何で誠人に言っちゃうんだよ、藤堂。
つーか、どこまで言ったんだ!?
赤い糸の夢を見た、だけならまだセーフ。
その夢でオレが何に落ちこんでいたのか、までだったらアウトだ。
また面倒くさい奴だと思われてしまう。
どちらにしても、夢の内容が恥ずかしい事には違いないんだけどな。
「馬鹿にしてるだろ」
ふん、と鼻を鳴らして顔を逸らした。
「してない」
「ファンタジーかよって」
「してないよ」
「笑ってるクセに」
顔をニヤニヤさせて言っても、全然説得力ないんだよ。
「嬉しかったから」
「ひどい……」
人が落ち込んでいるのが嬉しいって、結構酷いぞ。
子供みたいに拗ねていると、誠人の手がオレの手を掴んだ。
「俺がいなくなるのを不安に思ってくれるなんて、嬉しいよ」
そんな事を言ったかと思ったら、オレの手を口元に持っていき小指に唇を押し当てやがった。
「!?」
ぺろっと舐められて完全に固まった。
赤い糸を意識した行動で恥ずかしすぎる。
やっぱり、馬鹿にされているとしか思えない。
「もし、そんなものが本当にあるとしても」
誠人が何かを言っているけど、小指の根元に唇を付けたまま喋るからドキドキしてあまり頭に入ってこない。
「解けないし、切れないから、逃げられない」
何の話をしているのか分からないけど、じっと目を見つめられると恥ずかしくてそわそわする。
「逃げる?」
一体、何から逃げると思われているんだろうか。
「瀬口は、俺から逃げられないよ」
チュッと音を立てて唇を指から離す。
あー、これは、あれだな。
藤堂の奴、振られた所まで話しやがったな。
夢で誠人に振られたのを気にして若干落ち込んでいたのも、きっと全部バレている。
それを知って誠人なりに慰めてくれているんだろうけど、恥ずかしすぎる!
たかが夢だぞ。
オレが勝手に見ただけなんだから、放っておけばいいのに。
と思っても、誠人は放置してくれる気はないらしい。
腕を引かれて抱き締められて、額にキスをしてくれる。
小さい子をあやしているのと変わらない。
相変わらず、甘やかされてるなぁ。
と、油断していたのが悪かった。
「ちょっ……!」
下肢に伸びてきた誠人の手が、明らかに性的な意味を持って触れてくる。
そんな所まで慰めてくれなくていいのに!
体育の授業中だったからジャージを着ている訳だけれども、制服よりも衣服としてのガードが緩くて阻止する間も無い。
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