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男がリーネの腕を放したがらないので、リーネは仕方なくそのまま男を立たせて、この辺りに誰か知り合いはいないのか聞き出そうとしたが、その会話はうまくいかなかった。
酔っ払いの介抱などしたことがないし、交番にも頼ったことがなくて勝手がわからず、結局リーネはアルルに頼ることしか思い付かなかった。
男はリーネが支えていれば存外自分で歩くことができたので、友達のうちに連れていきますからね、と通じているのかどうかよくわからない声を掛けながら、アルルのマンションまで肩を組むようにして歩いた。
部屋の灯りがついているのが見えて、アルルが帰っていることにほっとしながらエレベーターに乗り、男のふらつく足にひやひやしながら玄関まで歩かせてインターホンを押した。
「ごめん、アルル、開けてぇ」
怪訝そうな応答にそう言うと、ドアの向こうからのバタバタと足音がして、玄関が中から押し開かれた。
「ごめん、この人、外で寝ちゃいそうになってたから……」
面倒ごとを持ってきたことを詫びようとしたリーネに対し、アルルはろくに話も聞かずに目を輝かせた。
「リーネ! すごい! 男拾ってきたの!?」
「は?」
「やだ、若くていい男じゃん。いいよいいよ、僕のベッド使っていいから。何でも好きにしていいからね。気にしなくていいよ」
わくわくした顔をして言うアルルにリーネは困惑したが、アルルは何を言わせる気もないようだった。
「僕今日はお店に泊まるね。大丈夫大丈夫。気持ちよくって美味しいだけだから」
「や、あの、アルル」
「お腹いっぱい食べてね。もし足りなかったら今度僕のお気に入りのおちんちん食べさせてあげるから」
にこにことそう言って、アルルは先日買ったばかりのボアの可愛いコートを着て出て行ってしまった。
アルルを頼るつもりでここまで来たのに、まさかその当人に置いていかれるとは思わなくて、リーネはしばらく呆然と玄関に立ち尽くしてしまう。肩にのしかかる男の重みに嘆息して、仕方なく部屋に上がることにした。
狭い廊下で肩がぶつかって、男は呻くような声で言った。
「……なん、ここ……お前んち……?」
アルルの声が聞こえていなかったのだろうか、と思いながら、リーネは寝室の戸を開ける。
「さっき出て行った友達の家。……もう、全然俺の話聞かないんだから……」
アルルの意図とは違っても、この際有り難くベッドは使わせてもらおうと、リーネは男をベッドに座らせる。しかし男はぐらぐらと身体を揺らして、ベッドに倒れ込んでしまった。
「わあ、ちょっと、コートは脱いでくださいよ。ベルトもこれ、こんなの寝辛いでしょ?」
ほとんど協力する気がないらしい男の上着やベルトを取り払って、ベッドの上に何とか寝かせて、リーネは深くため息をついた。
「もう……俺だってお腹空いてるのに……俺が普通の淫魔だったら、精子搾り取られてるんだから……」
無防備に横たわる男の姿に、リーネとて欲望がくすぐられないわけではない。いっそ彼の意識の定かでないうちに、上に乗ってしまおうかとも思ったが、それを実行する勇気がないことは誰より自分がよくわかっていた。
空腹と疲労を覚えながら、リーネは寝支度をすることにする。シャワーを浴び、着替えて、空腹は飲み物で紛らわせた。
早く寝ようと思いながら寝室の様子を窺うと、男は穏やかな寝息を立てていて、ひとまずはこのまま寝かせておけばいいだろうと思われた。
「……俺だって、つまみ食いくらいするんだから」
誰にともなく呟いて、リーネは足音を忍ばせ、男の寝顔を覗き込む。二十代半ば頃だろうか。健康そうな若い人間の男は、淫魔にとって間違いなくご馳走だった。
本当に腹を満たすなら精液を飲むか中に注がれなくてはいけなかったけれど、体液であれば何であれ腹の足しにはなる。リーネは男の唇におずおずと触れ、指をそっと口の中に差し入れて唾液をすくうと、それを自分の口に含んだ。
「…………おいし……」
アルコールが混ざっているせいか、気分がとろけるような味だった。唾液でもこんな味がするのなら、精液はどれほど濃厚で美味なのだろうと下腹が疼いたが、それでもやはり男の身体を暴く勇気はなかった。
口に残る味わいに切なさを覚えながら、リーネは毛布にくるまってソファの上でしいて目を閉じた。
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