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 翌朝リーネが目を覚ますと、寝室に人の気配があった。ぼんやりとかすかな物音を聞き、やがて昨夜の出来事を思い出して飛び起きる。  慌てて寝室を覗くと、男はまだベッドの上で、寝癖のついた頭を抱えていた。 「あ、あの、おはようございます。気分どうですか?」 「ああ……?」  呻くような声を漏らしながら男はリーネを見て怪訝な顔をする。眉間の皺が深かった。 「昨日酔っ払って外で寝そうになってたんですよ。覚えてません?」 「あー……」  男は唸って、わずかに頷いたように見えた。その間頭から手を離そうとしないので、二日酔いだろうかと思って、リーネは台所から水を持ってきて男に差し出した。 「……どうも」  男はようやく人間らしい言葉を発して、コップの水を飲み干した。それでいくらか目が覚めたのか、黒い瞳がじいとリーネを見た。 「……ええと、ここどこだっけ……」  声からしてまだ覚醒しきっていないようだ、と思いながら、リーネは言う。 「俺の友達の部屋です。俺居候なんで……」 「……ごめん、名前聞いたっけ……?」 「言ってないと思いますよ。……俺、リーネです」  普段は人間相手には偽名を使うようにしているのだが、なんとなくそういう気にならなかった。心のどこかで、食事にありつけるのではないか、という下心があって、それが歪んで表層化しているようだった。 「りいね? りんね?」 「リーネです」 「……りいね……くんの友達は……? この部屋の……」 「リーネでいいですよ。友達は……あなたとのこと勘違いして気を遣ったみたいで、職場に泊まるって出てっちゃいました。……思いっ切り目の前で話してたんですけど覚えてないです?」  あー、と男はまた呻いた。 「そこの……玄関だよな。たぶん寝てた……」  どうやらまったく記憶がないわけではないようだ、と思いながら、リーネはベッドの傍らに膝をつく。  見上げると、男の顔が髪に邪魔されずによく見えた。 「勘違いって……え? ワンナイトだと思われたのか?」 「…………そう、ですね……」 「……俺何もしてないよな……?」 「してないですね。ベッドにちゃんと寝かせるの大変でした」  すまん、と男は素直に呟いて、頭を掻いた。 「……悪いけど、顔洗って歯磨いてもいいか……その、歯ブラシとかもし余ってたら……」 「いいですよ、もちろん」  リーネは洗面所に向かって、戸棚を開ける。買い置きの日用品の中から歯ブラシを見つけて振り向くと、男は洗面所の入り口にもたれるようにして立っていた。 「歯ブラシありましたよ。タオルこれ使ってください。あとはそこにあるの好きに使ってもらっていいんで」 「サンキュ……」  足取りの重い男を洗面所に置いて居間に戻ると、リーネはそわそわとして所在がなかった。意味もなく部屋を一周して、己の挙動不審を隠すような気持ちでソファに腰を下ろす。  病人の世話をしているようなものだと思いつつ、人間の男と部屋の中で二人きりになるなど初めてだった。相手が弱っているせいか怖いとも思わず、何よりリーネに特別な関心がある様子でもないので一方的に親切にする分には抵抗もなかった。  しばらくすると、男は貸したタオルを首にかけて洗面所から出てきた。 「あー……その、もしかして、なんだが……」 「はい」 「俺、あんたにお持ち帰りされた……?」  リーネは瞬いて男を見上げる。男は何やらばつの悪そうな顔をしていた。 「……外で寝たら危ないと思って連れてきただけですけど……その、寒かったし……」 「繁華街でつぶれてる酔っ払いなんて、いくらでもいるだろ」  非難されているようには感じなかった。覚えていないなら疑問を抱くのも当然だが、本当のことを言っていいものだろうかとも思いつつ、リーネはぼそぼそと答えた。 「……だって、路地裏で他に人がいなかったし……あなたが、一人になりたくないって言ってたから……」  男はそれを聞いて目を丸くし、それから眉間を押さえてソファに座り込んだ。 「……俺そんなこと言ったのか……」  やはり言わない方がよかっただろうか、と思ったが、今さらどうするわけにもいかないので、リーネは言った。 「……俺は事情とか何も知らないんで、気にしなくていいんじゃないです……?」  男は顔を覆っていた指の間からリーネを見て、深くため息をついた。 「…………夢かなんかかもしれないから、違ったら悪いんだけど、あんた……りいね、ゆうべ何かやらしいこと言ってなかったか……?」 「は?」 「……精子搾り取るとか……なんかそんなこと……」  今度はリーネが目を見開く番だった。まさか聞かれていて、しかもそれを覚えているだなんて思いもしなかったのだ。

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