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「あー……その、あんたノンケっぽくないから、もしそうだったら世話だけさせて悪かったなって……」  男はぼそぼそと、リーネを見ずに言った。  リーネは手のひらに汗をかきながら、男が嫌悪感を見せないことに少しばかりほっとする。 「た、たとえそうでも、俺、あんな酔った人に無理矢理何かしたりしないですよ……」  正確に言えばしたくてもできないだけだったが、リーネは取り繕うようにそう言った。  男はじいとリーネを見て、窺うような目をしてみせた。 「……あんたは……」  男が言いかけたとき、それを遮るようなタイミングで、ぐううと大きな音がした。リーネは慌てて両腕で己の胴を抱く。 「……いや、腹の音くらいそんな気にすることないだろ。俺はいいから何か食えば……」  まさしくご馳走そのものである男にそんなことを言われて、リーネは思わず彼を睨んでしまった。 「い、言いましたよっ」 「は?」 「ゆうべ、あなたの精液絞り取りたいって言ったんです! 俺、昨日からもう何にも食べてないんですから……!」  男は何を言っているんだと言わんばかりの顔でリーネを見た。そんな表情でも、見れば見るほど美味しそうで、リーネは半ばやけになる。 「信じないでしょうけど、俺これでも淫魔なんです。精液がご飯なんです。いつも友達に食べさせてもらってるのに、あなたのこと連れてきたから誤解されて置いてかれちゃうし……だからってあなたのこと放っとけないし襲えないし……俺もう…………」  言いながら情けなくなってきて、リーネはぐすと鼻を鳴らす。空腹で悲しさが増幅された。  男はきょとんとしてしばらくリーネを眺めてから、怪訝そうにこう言った。 「……セックスしたいなら普通にそう言えば……」  リーネは涙目で男を睨む。淫魔にとって食欲は性欲であり、性欲は食欲だった。男からは隠していたが、リーネのペニスは硬くなって、すでに下着を濡らしていた。 「言ってますよ! 俺、人間じゃないんです! 人間のご飯は食べられないし、アナルは食事のために使うから勝手に濡れるし……」  こんなこと人間に言うべきじゃない、と思いつつ、空腹が切なすぎて色々なことがどうでもよかった。男が呆れて出ていったら、また飲み物で気を紛らわせてふて寝しよう、と頭の隅で考えながら、リーネは足を擦り合わせる。 「……人間じゃない証拠って何かあるの?」  想定していなかった質問に、リーネは勢いを削がれて眉を下げた。男は馬鹿にしたふうでもなく、真顔でリーネを見つめていた。 「……えと……固形物は食べないから胃が退化してますし、アナルは排泄に使わないです……。でもそんなの見ただけじゃわかんないし……」  言ってから、何を真面目に応答しているのだろう、と、ますます情けなくなってきて、リーネは下を向く。腫れきったペニスが痛かった。 「……俺の精液飲んだら空腹は治まんの?」  リーネは驚いて男を見た。存外真っ直ぐな目がこちらを見ていて、うろたえてしまう。 「そ、それでも、もちろんいいですけど、一番効率がいいのは中に出してもらうのが……」 「中に出すって、セックスで? ケツに中出しすんの?」  リーネはまた心臓がドキドキとうるさくなってきて、胸と腹とを押さえながら頷いた。  男は少し思案する顔をした後に、リーネに顔を寄せてきて言った。 「……あんたが俺にそうしてほしいって思ってるなら、全然抱けるけど……」  ひぇ、と間抜けな声が勝手に漏れて、リーネは色々な意味で泣きそうになる。ドキドキして苦しかったけれど、それは恐怖ではなく初めての状況での緊張と、男があまりにも食欲をそそるためだった。 「俺靖満(やすみつ)って言うんだけど……りいねって本名?」 「ほ、本名ですけど……それが何なんですか……」 「……りいねはいつも……ていうか毎日? 男に中出ししてもらってんの?」 「し、食事だから、してもらわないとお腹空いてつらいですし……。……でも、俺、人間とはえっちしたことない……」  言ってから、勢いでひどい告白をしてしまった、と思ったが、それと同時に晴満の目付きが変わったように見えて声が出なかった。 「人間じゃない男に中出しされるってよくわかんないけど……それは俺じゃない方がいいってこと?」  リーネは思わず首を振った。靖満の意図はまったくわからなかったが、靖満に食べさせてほしいという気持ちが湧いて仕方なかった。 「一番いいのは、人間の男です……若くて、美味しそうな、靖満さんみたいな男の人の精子……」  靖満はいっそう身体を寄せてきて、リーネの代わりにソファがきしむ音を立てた。

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