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しばらくリーネを抱き締めていた靖満は、どことなく気恥ずしそうな顔をしてリーネを放すと、名刺に連絡先を書きつけて渡してくれた。
「住み近いし、よっぽど仕事がたてこまなかったらすぐ会えると思うけど……」
そう言ってから靖満は少しばかり口ごもり、それからまた顔を寄せてきた。
「その、念のため訊いときたいんだけど、俺がりいねのこと好きになったらまずいの?」
まずいの意味がわからずぽかんとしたリーネは、靖満のいくらか緊張した表情をしばし見つめてからようやく察した。
「す、好きって、恋愛の好きですか」
「うん」
「そんな、えっ、靖満さん俺のこと好きになったりします?」
純粋に疑問で問いかけたリーネに、靖満は何とも言えない顔をして、頭を掻いた。
「あんまり説得力ないかもだけど……俺セックスなんかしたらわりとすぐ情が移るし、そうじゃなくてもあんたすごく可愛いのに、その……突っ込んで出すだけじゃ俺の方が満足できなくなるかも……」
えっ、と声を上げたものの、リーネはその後の言葉が続かなかった。そもそも人間にあまり関わってこなかったリーネは人間の恋愛観にも疎かったし、自分がその対象になることなどほとんど想定していなかった。
「や、えと、お、俺はその……」
しどろもどろになっていると、それを見かねたのか、靖満がまた口を開いた。
「念のためっていうのは、淫魔的に? そういう人間はダメなのかなってだけで……」
「だ、ダメじゃないですよ」
リーネは慌ててそう返した。靖満はやけに神妙な顔をしていた。
「俺は、えっと、ほんとに人間のことに疎くてわかってないことがいっぱいあるんですけど、淫魔でも人間と恋人同士になったりすることもあるし、夫婦みたいに一緒に暮らしたりとか、色んなのがいるみたいです。俺の友達はセフレ? が何人かいるだけで付き合うとかはしてないみたいですけど……」
「……淫魔も人間のこと好きになったりするんだ」
「……みたいです」
リーネの答えに、靖満は小さく吹き出した。靖満が笑ったことで、リーネは少し安堵する。
「あー、じゃあ、もし俺が本気になったら相談で……」
「そ、相談? ですか?」
何もわからずに問い返すリーネに、靖満はおかしそうに目を細めた。
「あんたほんとに恋愛に縁がなかったって感じだけど、淫魔ってあんまり恋愛しないの?」
「え、えと……そうですね……人間みたいに恋愛したり結婚したりするのが普通ってことはないです」
「そっか……。……りいねは俺以外とは当分セックスしない?」
「……すごくお腹が空いたら友達とはしますけど……」
「明日までならお腹空かなさそう?」
「あ、明日またえっちしてくれるんですか!?」
思わず前のめりになったリーネに靖満は目を丸くして、そして声を立てて笑った。
「すっごい、俺そんなにセックス期待されたことないわ」
「だ、だって……!」
顔が熱くなるのを感じながらリーネは反駁しようとする。淫魔として生まれてきて、普通なら自分で人間を誘って食事をするのが当たり前の年齢になっても、リーネはろくに人間に触れることもできないでいたのだ。
何を考えているのか、何をするのかわからなくて怖いとずっと思っていたけれど、靖満はそれでも恐ろしく感じない初めての人間だった。まして実際に最高の精の味を教えてくれたのだ。二度目を期待しないはずがなかった。
「……夜になってもいいなら、明日また抱いていい?」
「そんなのっ……何時でもいいです! 靖満さんの精液もらえるなら、俺、いつでも嬉しい……」
「だからそういうやらしいこと……、……まあ、うん……じゃあとりあえず明日で。連絡なかったら俺またここに来るけどいい?」
「連絡します!」
食い気味に言ったリーネに、靖満はくつくつと笑った。言動を笑われているとわかっていても、靖満が精を注いでくれるのだと思うとどうしても平静を保てなくて、リーネは自分を持て余した。
今さら何も取り繕えないと諦めてうつむくと、りいね、と靖満に名前を呼ばれた。
「……ヤるときじゃなくてもキスしていい?」
リーネは瞬いて靖満を見上げた。何故彼はこんなにリーネにとって都合のよいことばかり訊いてくるのだろう、と思わずにいられなかった。
「あの、靖満さんの唾液も、俺にとったらすごく美味しいんですけど……」
そう言うと靖満は一瞬目を見開いて、そしてはにかみながら少し笑った。
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