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 靖満の抱擁と長く深いキスに酔わされて、とろけるような気持ちになったままリーネは靖満を見送った。  本当はマンションの外まで見送りに出たかったのだが、そんな顔で表に出たら襲われるぞと靖満に言われて、腑に落ちないまま玄関で靖満に手を振った。  部屋で一人になってもなんだか足元がふわふわとして、靖満の味が身体を満たしていておかしな気分だった。汚してしまったシーツを替えて洗濯をしたり、シャワーを浴びて着替えたりしているうちに、あっという間に日が傾き始めて、時間の感覚までおかしくなってしまったのだろうかと思っているうちに、ようやく家主であるアルルが帰ってきた。 「リーネ!」  ひんやりと冷えた空気をまとったまま、アルルはリーネの顔を見るなり抱き着いてきた。 「もうあの男の人帰ったの? ちゃんと美味しいの中に出してもらった?」  顔を覗き込まれながらそう訊かれて、リーネはまた靖満との目眩がするような交わりを思い出す。熱くて硬いペニスを挿し込まれて、感じやすい場所を擦られながら体液を塗り込まれて、奥で射精された生々しい感覚を反芻してしまって、身体が火照るほど熱くなった。 「……わ! リーネ、すっごい目がうるうるで可愛い! やっとえっちできたんだ!?」  アルルに両手をぎゅうと握られて、リーネは気恥ずかしくなりながらも頷いた。ずっとリーネを心配しつつ面倒を見てくれていた友人だ。その彼が喜んでくれるのは、リーネも素直に嬉しかった。 「ねえリーネ、人間の精液どうだった? お尻に直接出してもらえたんだよね?」  リーネははにかみながら、うん、と頷く。 「すっごく……すっごく美味しかった……。それに、俺のこと、きれいでいい匂いがするって……」 「そんなの当たり前だよぉ、リーネはすっごく可愛いもん! リーネが怖がってただけで、リーネとえっちしたい男はいっぱいいたんだからね」 「うん……俺もやっと一人でご飯食べれて、ほんとよかった……。アルル、今までずっとありがと……」  アルルは瞬いて、それから照れ隠しのようにリーネの頭を抱いてわしわしと撫でた。 「もー、僕が食べさせるのは別にいいって言ったじゃん! ね、ね、これからは色んなおちんちん食べられそう? どう?」 「そ、それは、そんなすぐは無理だよ。靖満さん……あの人のことは、なんで怖がらなくて済んだのか俺もまだわかんないし……」  ふーん、と言いながらアルルはソファに腰を下ろした。見慣れた姿だが、改めて見ると滑らかで張りのある血色の良い肌も、きらきらと光を弾くほどに艶のある髪も、桜色の爪の先までひたすらに美しくて愛らしかった。 「あの人、ヤスミツさんっていうんだ? また会うの?」  訊かれて、リーネは頷きながら靖満にもらった名刺を出した。  アルルは名刺を受け取って、驚いた顔をする。 「えっあの人クウィッシーの人だったんだ? 僕が見たときはベロベロだったけど、かっこよかったもんねぇ」 「クウィ……何?」 「書いてあるじゃん、ダイニングカフェって。オシャレなお店でねー店員さんもキレーでカッコイーんだぁ。この店舗じゃないけど、何度かデートで連れて行ってもらったもん」  デート、という言葉にリーネは気後れする。アルルとの経験値の差はしばしばカルチャーショックをもたらすことがあった。 「セカンドチーフってあるけど何だろうね? 何の仕事してるのか聞かなかったの?」 「う、うん」 「でも名刺くれるなんてすっごく気に入ってもらったんじゃん? 職場なんてなかなか教えてもらえないよ」  アルルはそう言って笑ったが、リーネはそういうものなのか、という感想よりほか出てこなかった。人間の感覚も行動も何が普通なのかリーネにはわからない。ただ、靖満に求められたことが嬉しかった。 「うん……あの、明日もまた食べさせてくれるって」  舞い上がる自分を見せるのは恥ずかしくて、はにかんでそう言うと、アルルの方が諸手を上げた。 「えー! すごーい! リーネ、やったね! 靖満サン、きっとリーネにめろめろになっちゃったんだよ。遠慮しないでいっぱい食べなよね!」 「ん、あの、だから明日は帰りが遅くなるかも……」 「いいよぉ朝帰りでも何でも気にしないで。家事しなきゃとか思わなくていいからね。それよりたくさんえっちしてもっと靖満サンを夢中にさせなきゃ!」  手放しで喜んでくれるアルルに、リーネは照れながらも微笑んだ。奔放で気ままなアルルも、きっとこれまでリーネのことを心配して悩んでくれていたのだろうと思う。それが申し訳なくもあったが、それ以上に有り難かった。  アルルに食事の世話にならずに済む夜は、リーネにとってとても穏やかで優しかった。

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