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待ち合わせの場所は地下鉄の出口の近くで、繁華街の賑わいからは少し離れていた。夜の風景の中にきらびやかな看板があって、それがラブホテルのそれだと気付いてリーネは何となくいたたまれない気持ちになる。
会ってどこに行くとも言っていなかったが、こんな街中で人間と行為をするのなら自宅かホテルに行くのが普通だという認識はリーネにもあった。
約束の時間にはまだ早くて、リーネはぽつねんと立ち尽くして星の少ない夜空を見上げた。靖満と再会することも、抱かれることも、まだ何も実感を伴わなかった。
靖満のことを考えるとどうしても身体が火照ってしまって、冷たい夜風が心地よかった。靖満と出会う前は自分が淫魔であることを疎ましく思う気持ちがあって、人間のことを恐れつつもうらめしくなる瞬間があった。どうせ見た目も中身も大して変わりはしないのだから、いっそ人間に生まれてこれたらよかったのに、と考えることも度々だった。
そんな気持ちが今はすっかりどこかに行ってしまって、やはり自分は淫魔以外の何者でもないのだという実感があった。靖満の体液の甘さに酔って、交わる悦びに悶える体験は、何にも勝る説得力があった。
──俺、思ってたより出来損ないじゃなかったのかも……。
靖満が誘われてくれて、その気になってくれて、激しく腰を打ち付けて中で射精してくれた事実は、何度思い出しても胸に甘かったし嬉しかった。いい匂いがしていやらしいと言ってくれて、またセックスしてくれると言ってくれた。それが淫魔としてのリーネをどれほど救ったか、きっと靖満は知らないのだろう。
──もっとちゃんとありがとうって言いたい……。
今夜もまた抱かれたいという期待は否定しようもなかったが、もし抱いてもらえなくても、会えたならせめてもう一度礼を言いたい、とリーネは思う。靖満に満たされたのは空腹ばかりではなかったと、靖満がどんなつもりで抱いてくれたのだとしても、自分は本当に嬉しかったのだと知ってほしかった。
「──ねえ君、こんなとこでどうしたの?」
突然間近で声がして、我に返ると目の前に二人の男が立っていた。
「待ち合わせ? ここじゃ寒いでしょ」
靖満とそう歳の変わらなそうな、けれど身体の大きな二人に、リーネはすぐに声が出なかった。もしかしたら少しは人間の男への恐れが減りはしないかと思っていたのに、いざ目の前に立たれると、以前と変わらぬ恐怖心が湧き立ってきた。
「あ、いや……俺……」
顔を背けるのを誤魔化そうと髪に触れた手を、男の一人がつかんできて、血の気が引いた。
「ほら、指冷えちゃってるじゃん。もっとあったかいとこ行こうよ」
「や……俺、人を待って……」
見上げた先に見慣れた欲情の色を見て、リーネは動悸で目が回りそうになる。靖満が欲情してくれたことはあんなに嬉しかったのに、今はまた己が淫魔であり無意識に男を誘い寄せることが呪わしかった。
「あの、放し……」
「大丈夫、すぐそこだし、こんな寒いとこで待たせる相手なんて逆に待たせてやったらいいんだよ」
男に手を引かれて、もう一人に肩を押されて、リーネはたたらを踏む。どうしていいかわからないでいるうちに、路地に踏み込んでしまって、頭が真っ白になった。
こんなときはどうすればいいのだったか、聞いていたような気がするのに焦るあまり記憶を反芻できなくて、嫌な汗が吹き出てきた。
──叫ぶ? 警察? 何だっけ? どうしよう、怖い……。
狭い路地の前後を男達に塞がれていて、手をつかまれていて、逃げる隙を見い出せずにリーネは激しい動悸で吐き気を催す。寒いのか熱いのかもわからなくて、はなして、と言う自分の声すら遠かった。
「おい! あんたら何してんだ!」
知った声が背後から聞こえてきて、リーネはそれでとっさに男の手を振り払うことができた。振り返ると路地の入り口に男の姿が見えて、リーネは泣いてしまいそうになる。
「俺の連れに何してんだ! 警察呼ぶぞ!」
靖満の声に通行人が立ち止まって振り向くのが見えた。男達がもう自分を見ていないのがわかって、リーネは男の脇を抜けて靖満に駆け寄る。靖満が手を伸ばして腕をつかんできて、それは痛いほどの力だったが、あまりの安堵にくずおれてしまいそうだった。
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