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 男達はほとんど何も言わないまま路地の奥に逃げてしまって、リーネは靖満のコートのにつかまって息を整えることで精一杯だった。心臓がまだ激しく鳴っていて、冷たい汗が浮いた身体が気持ち悪かった。 「りいね、何あいつら。何かされた?」  見上げると靖満はひどく怖い顔をしていて、リーネは慌てて首を振る。靖満は納得していない顔をしながら、リーネの手を強く握ってきた。 「手ぇ冷たい。行こ」  そう言って靖満はリーネの手を引いて足早に歩き出す。信号が点滅し始めた横断歩道を、強い力でリーネを引っ張って歩く靖満はまだ怒りに似たものを滲ませていたが、恐ろしくは感じなくてリーネもまた強く靖満の手を握り返した。 「や、靖満さん、あの、俺、ごめんなさい」 「……なんでりいねが謝るの」 「だって、俺、ぼうっとしてて……、それで逃げられなくて……」  暗い歩道で靖満は立ち止まって、リーネを見下ろしてきた。その目が明らかに怒っていて、リーネは怯む。 「りいね」  靖満の手が強く肩をつかんできて、リーネは靖満をただ見返した。 「ああいうのはやる方が悪いの。りいねは悪くない。でもりいねもこれからは気を付けて。──俺ももうあんなとこで待たせたりしないから」 「……」 「返事は」 「ひぁ、はいっ」  裏返った声が出て、恥ずかしい、と思ったが、靖満はリーネを見ずにため息をつくと、またリーネの手を引いて歩き出した。それに黙って従いながら、そういえば人間の男はたとえ恋人同士であっても往来で男と手を繋ぐのは嫌がるのではなかったか、と、聞きかじりの知識を思い出す。  こちらを見ない靖満の横顔を見ながら、リーネはとても不思議な気持ちで靖満と夜の街を歩いた。  靖満はリーネの手を放さないまま、裏通りにあるラブホテルに入って、狭いエレベーターに乗り込み、部屋の扉を閉めてようやく息をついた。それと同時にその手が離れて、リーネはもの寂しさを覚える。 「……ごめん」  額を押さえながら靖満がそう呟いて、リーネは靴を脱ぐのも忘れて靖満の胸に抱きついた。 「りいね……?」 「謝らないでください、靖満さんいつも俺が嬉しいことしかしないのに、謝らないで……」  うまく言えない、と思いながら、リーネは強く靖満にしがみつく。間違いなく人間の男であるはずなのに怖くなくて、リーネを抱いてくれただけではなく守ってさえくれた。どんどんと彼が特別な存在になっていくようで、リーネはそれをどう言葉にしていいかわからない。 「……俺、何も言わずにホテルに連れ込んじゃったんだけど……」 「いいです、嬉しいです、靖満さんと二人きりになれるの嬉しい……」 「さっきも、事情も聞かないで偉そうに叱ったし……」 「いいです、靖満さんが俺のこと見つけてくれて、ほんとに嬉しかった……」 「……たまたまだよ、ちょうどたまたま、声がしたから……」 「それであんなに怒ってくれて、嬉しかったです」  靖満は沈黙して、先程までとは打って変わったとても優しい手付きでリーネの髪をそっと撫でてくれた。それにひどくほっとして、リーネは涙がこぼれそうになる。靖満の服を濡らしてしまうと思ってそれをこらえると、喉の奥が痛くなった。 「…………りいねのためじゃなくて、俺、普通に腹立ったんだよ……」  靖満の言葉の意味がよくわからなくて、リーネは顔を上げる。靖満は困ったような、沈んだ表情で、ためらいがちに言った。 「……他の男がりいねに手ぇ出すのが嫌だったんだよ……彼氏面して……うざくてごめん……」  リーネは一度こらえた涙がまた溢れそうになって焦る。目を逸らしながら靖満から離れた。 「……りいね……」  リーネの態度をどう捉えたのか、靖満は申し訳なさそうな、弱い声で名前を呼びながら肩に触れてきて、リーネはたまらなくなった。 「や、靖満さん、なんで、そんな、俺を喜ばすことばっかりして、謝るんですか。俺、もう何て言ったらいいかわからな……」  最後には声が震えて、リーネは下を向く。ぽつと床に涙が落ちたのが、靖満に気付かれていないといいと願った。  靖満はしばらく黙った後、両腕でリーネを抱き締めてきて、その力の強さに驚いてリーネは短く声を上げた。 「…………りいねはなんでそんなに可愛いわけ……」  呟いた靖満の言葉はいっそうリーネを混乱させて、しかし靖満の腕の力と温もりの心地よさに、リーネは何も言えなかった。

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