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 やがて靖満はリーネを放すと照れくさそうに目を逸らしながら、とりあえず部屋入ろう、と言って靴を脱いだ。リーネも何と言ってよいかわからず、おとなしく靖満の後に従う。  入ってすぐの扉を開けると、明るい部屋に大きなベッドとソファセットがあって、壁には大きなテレビがかけてあった。 「……ラブホテルってこんな綺麗なんですね」  思わず感想を呟くと、コートを脱いでいた靖満がリーネを見た。 「あー……来るの初めて?」  リーネが頷くと、靖満は気まずそうに首を掻いて、目を泳がせながらソファに腰を下ろした。 「ルームサービス頼むけど、りいねも何かいる?」 「え?」 「まかない食いそびれて腹減ってるから、悪いけど軽く食べさせて」  靖満の言っている意味が半分わからないまま、リーネは靖満が開いたメニューを覗く。まるでファミリーレストランのような料理の写真が並んでいた。 「えと……俺は人間の食べ物は食べれないです……?」  靖満はぱちぱちと瞬いて、リーネを見た。 「飲み物とかいらない? お酒は?」 「お酒は……飲めるんですけど、その、俺、酔うとえっちな気分になるから……」  言い淀んだリーネに、靖満も目を合わせずに曖昧な相槌をうった。 「……えーと、固形物がダメって言ってたけど、チョコとかアイスは?」 「あ、アイス好きです」  リーネが笑うと、靖満もどこかホッとしたような顔をした。気を遣わせるのは申し訳なかったが、優しくしようとしてくれているのだと思うと嬉しかった。  靖満が料理を注文している間に、物珍しさでリーネは部屋をぐるりと見渡す。性行為のための場所だと聞いていたけれど、ごく普通の快適に寝泊りできる空間に思えて不思議だった。  ──人間同士のセックスはわかんないな……。  セックスに限らず、人間のあらゆる面にリーネは疎い。そのせいで、靖満を戸惑わせているのもわかっていた。それでも彼がまた会ってくれて、リーネを助けてくれて、心配してくれて、二人きりの場所に連れてきてくれたことが嬉しくて、ふわふわと心が浮き立つのは抑えようもなかった。 「りいねは何時までに帰ればいいの?」  訊かれて、何故だかどきどきと音を立てた胸にリーネはうろたえる。それは男達に迫られたときの不快な動悸とはまったく違っていた。 「あ……俺は、時間は何時でも……。泊まってきてもいいって友達が……」 「一緒に住んでる友達?」  リーネが頷くと、靖満は少し間を置いてから、リーネの膝に手を置いてきた。 「その……めんどくさいこと訊くかもなんだけど、俺が帰った後、その友達とセックスした?」 「へっ? し、しませんよ。靖満さんが食べさせてくれたのに、する理由ないです」  靖満はまじまじとリーネを見つめて、やはりどこか納得できていない顔をした。 「……セックスが食事なの、やっぱピンとこないなぁ……」 「そりゃ、だって靖満さんは人間だから……」 「りいねも人間が飯食ってるの見たら変な感じすんの?」  リーネは首を傾ける。見慣れてはいたが、大量の固形物を飲み込む行為だと思うと、気持ち悪くはならないのかと不安になることがあった。 「……人間っていっぱい食べるから、大変そうだなって……?」  リーネの返答がおかしかったものか、靖満はくすりと笑った。 「美味いもん食うのは大変じゃないだろ。りいねはアイスもちょっとしか食えなかったりすんの?」 「あ、え、いえ、普通のサイズ一人で食べます」 「人間も不味いもん食うのはしんどいけど、美味しいものは食べるのも楽しいよ」 「そ、そっか、そうですよね」  考えてみれば当たり前のことで、リーネは間抜けなことを言ってしまったと反省する。靖満が気を悪くしたふうでないことが幸いだった。  そんな他愛ない話をしているうちに料理が届けられて、靖満が慣れた手付きでリーネの前にアイスと紅茶を置いてくれたのが何故か胸に沁みた。  靖満は湯気を立てる肉と野菜とパスタを並べて食べ始めて、リーネはそれを眺めながらどんな味がするのだろう、と思う。人間の食べ物の匂いは嗅ぎ慣れていたが、それを美味しそうな匂いだと言うのはよくわからなかった。  アイスを空にして見つめているリーネに気付くと、靖満は笑った。 「やっぱ人間の飯が気になる?」 「んー……はい」  正直にそう言うと、靖満は皿の端のソースを指に取って、リーネの前に差し出してきた。

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