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「香辛料ダメだったりする?」
訊かれてリーネは首を振る。促してくる靖満は微笑んでいて、リーネは靖満の指先に乗った焦げ茶色のソースを見つめ、そしてそれを口に含んでみた。
「……んっ……!」
リーネは顔をしかめて、思わず紅茶に手を伸ばす。靖満は驚いた顔をして、リーネが紅茶を呷るのを見ていた。
「……そんな不味かった?」
リーネは目をしばたたく。舌に沁みるような味に、涙が出た。
「不味くはないですけど、しょっぱくて……」
「ええ?」
「人間は塩分いっぱい摂るって、ほんとなんですね……」
涙目になったリーネを、靖満は不思議そうに見て呟いた。
「……塩がダメなの?」
「ちょっとくらいならいいんですけど……スポーツドリンクぐらいなら飲めますし……」
「へえ……」
すっかり紅茶を飲み干して、ようやく落ち着いたリーネは、靖満が未だに自分をまじまじと見ているのに気付いて恥ずかしくなる。目を泳がせて、思いついたことをそのまま口にした。
「俺達……淫魔がもししょっぱいのが平気だったら、吸血鬼って呼ばれてたんじゃないかって話、聞いたことあります」
「え?」
「淫魔は人間の体液が好物ですけど、血液はしょっぱいからあんまり飲めないんです。でももし塩辛いのが好きな生き物だったら、きっと血も飲みたがるんだろうなって」
「あー……」
靖満は納得した声を出し、苦笑した。
「りいねが吸血鬼じゃなくてよかった」
「だから、淫魔は悪いことしませんってば」
リーネの言葉にふふと笑って、靖満はまた料理を食べ始めた。あんなに塩辛いものを平気で食べているのかと思うとおかしな気分だったが、靖満の食べる姿を眺めるのは何だか贅沢なことのような気がした。
見ているうちに、口に含まれて咀嚼されて飲み下されるものがうらやましいような気持ちになって、下着の中がじわりと濡れる感覚があった。
「あ、あの、ごちそうさまです。俺……シャワー浴びてきてもいいですか?」
食事中の靖満にまさか行為をねだるわけにもいかなくて、リーネはぎこちなく言った。
「え? いいけど、俺別に気にしない……」
「さ、さっき、その、変な汗かいちゃったから」
「ああ……うん、じゃあゆっくりしてきて」
靖満の声音に気遣いを感じて、リーネは、すぐ済ませます、と言って立ち上がる。本当は靖満が食べ終わるまでそばで見ていたかったが、そんなことをしたらひどくみっともない姿を見せてしまう気がした。
──人間の食事で興奮したことなんてないのに……。
逃げるように脱衣所に入ると、大きな鏡に映る自分の顔が少しばかり赤くて、それを見て余計に恥ずかしくなった。
靖満はいつもあんなふうにたくさんの料理を食べて、それを血肉にして、同じように精液を作っているのだと妙に生々しく感じてしまって、下腹部が熱を持って引く気配がなかった。さほど空腹ではないはずだったが、靖満が欲しいという気持ちで理性が侵食されそうだった。
浴室の広さに驚きながらシャワーを浴びて、リーネはまた服を着るべきかどうか悩む。抱いてくれると言った靖満の言葉を信じたくて、結局ホテルのローブに袖を通した。
「あの……お待たせしました」
食事を終えてスマホを触っていた靖満に声を掛けると、靖満はリーネの姿を見て瞬いた。その反応を見てやはりおかしなことをしてしまっただろうかと不安になったが、靖満はすぐに立ち上がってリーネのそばに来ると、リーネの肩に手を置いて、唇に触れるだけのキスをした。
「……じゃあ俺もシャワー浴びてくるから待ってて」
息がかかるほどの距離で言われて、リーネは消え入りそうな声で、はい、と答えた。肩に触れた靖満の手が温かくて、唇に触れた感触が柔らかくて、くせのない声は優しかった。
浴室に靖満が入っていく音を聞きながら、やはりローブを着ておいてよかった、と思う。こんなささやかな接触だけで、リーネの性器はすっかりその気になって硬くなってしまっていたし、中が濡れ始めて今にも漏れ出してしまいそうだった。
──なんで靖満さんにはこんなになるんだろう……。
普段はよほど空腹でなければこんなにはならないのに、と思いながら、リーネはベッドの端に座って息をつく。靖満を求める身体が泣くようで切なかった。
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