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──アルルにもあんなに食べさせてもらったのに。
ローブの裾を握り締めながら、リーネは記憶を反芻する。
たくさんの精を摂取しているアルルから与えられる食事は濃厚で美味しくて、リーネが乞えばアルルは惜しむことなく注いでくれた。友人として愛してくれて有り難かったし、嬉しかった。
それなのに今はもう靖満のことしか考えられなくて、身体は靖満の精しか求めていなかった。まるで友達甲斐がない、と思ったけれども、欲望はあまりにも正直で誤魔化しようもなかった。
やがて靖満が浴室から出てくる気配がして、リーネは恐る恐る振り返る。見れば靖満もバスローブ姿で、リーネはつい喉を鳴らしてしまった。
靖満もリーネの欲情に気付いた様子で、どこか気まずそうにしながらベッドの上に腰を下ろした。
「……そんな顔で見られたら、たまんないんだけど……」
自分は今どんな顔をしているんだろう、と思っても確かめるすべはなくて、リーネは靖満から顔を背ける。
「ご、ごめんなさい、俺、ほんとに、靖満さんが欲しくって……」
言い訳する気持ちで言った言葉を、靖満は遮った。
「だから、そういうの。りいねが男に慣れてないのわかるけど、そんなこと言われたら俺調子に乗るから……」
「……乗ったらだめなんですか?」
顔色を窺いながら訊くと、靖満は困ったように頭を掻いた。
「りいねにとっては食事でも、俺にとってはそうじゃないっていうか……、さっきだって俺、独占欲剥き出しでさ……」
「……靖満さん、俺のこと独占したいって思うんですか?」
靖満は痛いところをつかれたような顔をして、苦々しげに言った。
「そりゃ……だって、りいねはまだ人間は俺だけなんだろ? 他の男の味も知ったら、俺より美味しいやつのところに行くじゃん。食事なんだから。人間なら、料理の腕上げて張り合えるけど、体液の味なんてどうしようもねえよ。……俺の味しか知らなきゃいいのにって思うし、それに、俺は人間だから、単純に他のやつがりいねに中出しすんの嫌だなって……」
靖満のその言葉を、りいねは目を丸くして聞いた。靖満が何故そう感じるのか、その理由はまったくわからなかったけれど、そう感じてくれたことが無性に嬉しく思われてたまらなくなる。
「や、靖満さん……」
「……なに」
「あの、俺、ほ、他の人食べたいなんて思いません。食べたら美味しいんだろうなって思っても、やっぱり怖いし……。俺、靖満さんが、いいです……」
どういうわけかまた心臓が鳴っていて、リーネは胸元を押さえながら靖満を見る。靖満は驚いた目をしてリーネを見ていた。
「む、無理だってわかってるけど、ほんとは靖満さんのが全部欲しいです。その、男の人って、普通、マスターベーションとかするでしょう? それで靖満さんの精子が捨てられちゃうの、すごく残念で……全部俺がもらえたらいいのにって……」
靖満の精子の味を思い出して、リーネはたまらずに脚を擦り合わせてうつむいた。しかしすぐに靖満に肩をつかまれて、驚いて顔を上げる。
「りいね」
見れば靖満は厳しい眼差しをリーネに向けていて、リーネは思わず身をすくませる。無理なわがままを叱られると思った。
「りいね、そんなこと言って俺んちに閉じ込められたらどうすんの」
「は……」
「男にそんなこと言ったら、オナホみたいに使われるかもって思わねえの? それとも淫魔はそれでもいいわけ?」
何を詰問されているのかわからなくて、リーネはぽかんとして靖満を見返した。靖満の言葉を自分の都合の良いように解釈しそうになって、思いとどまる。
「や、靖満さん、それ、あの、俺を靖満さんの家に置いてくれて、たくさん犯してくれるみたいに聞こえます……」
そんな夢みたいなことを言うはずがない、と自分に言い聞かせようとしたリーネに、靖満はいっそう怒ったような声で言った。
「みたいじゃなくて、そう言ってんだよ。困るだろ、そんなの」
リーネはもう自分の感情の置き場もわからなくて、ただ靖満を見つめた。何か叱られているのだ、ということはわかっていたが、それでも靖満の言ったことがあまりにも夢のようで、本当にこれは現実なのかと疑いたくなる。
「りいね、俺は、これでも一応りいねのこと傷付けたくないと思って……」
靖満の言葉は途中で遮られた。それは、リーネがその首に抱きついたせいだった。
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