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リーネの唇をアルルに奪われて、あっ、と声を上げたのは靖満だった。
リーネはアルルの舌と唇の感触に驚きながらも、拒むという発想はなくて、靖満に引き剥がされてから何故キスされたのだろう、などと考えた。
「やっぱり、リーネすっごく美味しくなってる。靖満サン栄養たっぷりじゃん」
アルルは妖艶に微笑んで、舌で唇を舐めてみせた。そんなに違いがわかるものなのか、とリーネが気恥ずかしくなっている一方で、靖満はリーネの腕をしっかりとつかんで言った。
「これからは、そういうのはもうダメだからな」
「えー、ちゅーぐらいいいじゃん。僕とリーネの仲だよ?」
「友達なんだろ? 淫魔にとっては普通でも、人間にとっては違うんだよ」
表情を険しくする靖満に、ちぇ、とアルルは呟いて、踵を返した。
「二人とも独占欲強ーい。僕だけ仲間外れで寂しいなー」
「あ、アルルっ」
部屋を出て行こうとしたアルルの手を、リーネはとっさにつかむ。アルルの丸く大きな目が振り向いた。
「あ、あの、俺、もうアルルに食べさせてもらわなくていいように頑張るから……だから、これからは、その、アルルがお休みの日にゆっくりしゃべったりとか、したい……」
焦ってひどく不器用な言葉になってしまって、リーネは視線を揺らす。これまでは世話になるばかりだったから、もっと友達らしく、対等で親密な関係を築きたいと伝えたかった。
アルルは艶のある綺麗な目でリーネをじっと見つめて、そしてくしゃりと笑った。
「ね、僕が掃除下手くそで部屋が汚くなっちゃったら、掃除するの手伝ってもらってもいい? リーネ、いつも綺麗にしてくれてて、ほんとに助かってたから」
大輪の花のような笑顔でそう言われて、リーネは温もりの灯った胸を押さえて答えた。
「うんっもちろん、いつでも呼んで……!」
頷いたリーネの首に、アルルの柔らかく温かい指が触れる。その手でうなじをくすぐるように撫でられた。
「やった、リーネほんとに優しい。──靖満サン、リーネこんなにいい子なんだから、粗末に扱ったら絶対ダメだからね」
「大事にするに決まってるだろ。俺だってりいねにいてもらわないと困るんだから」
背中から聞こえた靖満の言葉に、リーネはかあと顔が熱くなった。靖満に望まれていると思うと、まだにわかに現実だとは思いがたくて、すぐに心臓が駆け出してしまう。きっと耳まで赤くなったに違いない、と思っていると、アルルがそれを見てまたいたずらめいた笑みを浮かべた。
「じゃあ、僕、今日はもう帰るね。靖満サン、リーネのこと独り占めしたくてしょうがないみたいだし」
「あ、え」
「また今度、大好きな靖満サンの話いっぱい聞かせてねぇ」
バイバイ、と手を振って、アルルは名残を惜しむ間もなく玄関を出て行った。リーネは置いていかれた寂しさをそこはかとなく覚えたが、靖満はため息をつきながら玄関に鍵をかける。
「あ……えと、ごめんなさい、アルル、遠慮とか全然しなくって……」
リーネにとっては大切な友達でも、靖満にとってはそうではない。連れてきたことを不愉快に思われていたとしたら悲しかったし、せめて嫌いにならないでほしいと思って言葉を探していると、靖満は笑ってリーネの頭に手を置いた。
「りいねのいい友達なのはわかってるよ。……りいねはやっぱ優しいな」
「え……?」
「なんか、あの子からりいねを奪ったみたいで申し訳なかったけど……りいね、今日からはここに住んでくれるんだよな?」
リーネは首を縦に振る。靖満の声が優しくて、気持ちが舞い上がってしまいそうだった。
「俺、勝手に外出たりしないし、靖満さんが帰ってくるのちゃんと待ってます。……アルルに会いに行くときは、その」
「……一人で外歩かないようにできる?」
こくこく、と頷くと、靖満は目を細めた。そこに何か強い感情がこめられているような気がしたものの、靖満が両腕で抱き締めてきて、その顔が見えなくなってしまう。
「あー……ほんとにいい匂いする。これから毎日こうしてもいい?」
「えっ……あっ、は、はい」
靖満に頬ずりされる感触に陶酔しかけていたリーネは、靖満の腕の中で慌てて返事をした。
「俺、りいねが不機嫌なところまだ見たことないけど、りいねはどんなことで怒るの? ケンカになったら、どうやって仲直りしたらいい?」
「へっ……」
あまりにも予想外のことを訊かれて、リーネは首を捻って靖満の顔を見た。靖満は静かで真剣な目をしていて、とても冗談を言っているようには見えなかった。
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