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第8話
「いえ、おかまいなく」
きっぱり断ったが、大澤はあまい笑顔を外すことなく爆弾を落とした。
「だめだよ、祐樹は俺のお気に入りだから、困っているなら助けてあげたい」
極上の笑顔でそう告げ、手を伸ばして祐樹の頭をなでた。ずざっと下がろうとしたが、自分の椅子とうしろの机に当たってそれ以上さがることができず、祐樹は椅子にすとんと腰を下ろした。
その祐樹の目のまえ、机のうえに紙袋を置かれた。
「今後、縦割りクラスで体育祭の練習をするのに、体操服がないと困るだろう。これ、俺の中等部のときのだけど、入学後に背が伸びるのが早かったからほとんど着てないんだ。今日の練習はひとまずこれ、使ってくれる? 返さなくていいからね」
紙袋のなかは体操服らしい。
もう使わないからくれるようだが、そんな親しい間柄でもなく困惑して大澤を見上げた。大澤はそんな視線をものともしない。
「じゃあ、また放課後に。困ったことがあったら、必ず言うんだよ、祐樹」
ダメ押しとばかりに名前を呼んで微笑むと、あっけにとられた祐樹が口を開くまえに大澤は悠々とした足取りで教室を出て行った。
大澤の姿が廊下の向こうに見えなくなり、ようやく呪縛が解けたかのように、教室内にざわめきが戻る。
いや、ざわめきどころではなく、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっている。
「祐樹、どういうことだよ」
「なになに、お気に入りって」
「っていうか今の誰?」
「知らないのかよ。高等部の生徒会長だよ、二年の大澤先輩」
「すげー、かっけーな、大澤先輩」
「いや、まじで迫力あるわー」
「なんで大澤先輩が祐樹に会いに来たの?」
「いつの間にそんな親しくなったんだ?」
「…知らない」
何も言いたくなくてそっぽを向く。なんなんだ、あいつは。余計なことしやがって。机に残された紙袋をにらみつける。
今の件について祐樹はひと言も話さなかったけれど、昨日の放課後、初めての縦割りクラス練習に参加していたクラスメイトが、大澤と祐樹の話を広めてしまった。
べつにどうということはない。
体育の授業後、置いてあったはずの体操服がなくなっていたため、制服のまま縦割りクラスの練習に来た祐樹に事情を聞いた大澤が一緒に体操服を探してくれた、というそれだけのことだ。
それだけのことだったはずだ。
なのに、いまのこの教室内の大騒ぎはどういうことだ。
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