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第29話
「それってほかに好きな人ができたってこと?」
「どうだろうな。訊いたらちがうって言ってたけど」
次の当てがあるのかもしれないし、でなきゃいまからときめきたい相手を探すんじゃねーの、と達樹は他人事のようだ。
「彼氏持ちって聞くとそれだけであきらめちゃう奴もいるだろうから、身軽になっておきたいってとこかもな」
「達樹はどうだったの?」
「俺がなに?」
「もうときめかなかった? それともまだ好きだった?」
「…よくわかんね。好きだったとは思うけど、意外にショック受けない自分にショックというか。別れたかったのか、そうなんだって感じ」
「予感とかあった?」
「いや、全然。先週も一緒に出かけて楽しそうだったし、そんなこと考えてるんだったらちょっとは言えよって驚いた」
女ってわかんねえ、と達樹は雑誌をベッドに投げ出す。
平気そうに見えても、やはり落ち込んでいるんだろうか。うまい慰めの言葉も見つからず、祐樹は達樹の彼女を思い出す。
高校の同級生でうちにも何度か遊びに来たから、顔と名前くらいは知っていた。祐樹に会えば、いつも笑顔で挨拶してくれる感じのいい女子だった。でも、もうときめかなかったのか。
達樹の彼女の「ときめきたい」という言葉が、ひどく重く響いた。
そうか、おれってときめいてないんだなと思ったのだ。恋愛がときめくことなのだというなら、祐樹の気持ちは恋愛ではないのかもしれない。
「欲望」に続いて「ときめき」ときたもんだ。
恋愛って奥が深すぎる。
もっと楽しくてわくわくして、毎日がきらきらするようなものかと思っていたのに。欲望もときめきもどきどきも、祐樹には実感できない。
それどころか実際には戸惑って困惑してばかりだ。それともこうなるのは、おれの恋愛スキルが低いから? たんにそういう性格だから?
「お前はどうなの? 年上の彼女と」
「わかんない。…たぶんうまくいってると思うけど」
仲よさそうに見えた達樹の彼女が別れ話を持ち出したと聞けば、綾乃の考えなどまったく読めない自分はどう思われているのか、さっぱり自信はなかった。
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