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第32話

 見学者は珍しくないらしく、こんにちはーと気軽な挨拶をされる。  女性ばかりなので、祐樹はちょっと居心地悪く思いながら「こんにちは」と返し、手持無沙汰に室内を見まわした。  部屋はシンプルな長方形で、壁の一面が引き戸つきの棚になっており、いまは引き戸が片面開いていて花器やハサミや剣山が並んでいるのが見えていた。和風の花器ばかりではなく、ガラスの花瓶やオアシスなど洋風な雰囲気のものもたくさん置いてある。  それを見て表にあった看板を思い出した。 「東雲さんはフラワーアレンジメント教室もしてるんですか?」 「ああ、いや。そっちは母がやってる。というか、ここはもともと母の教室で、僕が後から教室をさせてもらうことになったんだ」 「お母さんはフラワーアレンジの先生ですか?」 「そう。もうキャリア30年くらいあるのかな。結婚前からやってるから」 「へえ。でも東雲さんは生け花なんですね」 「うん。フラワーアレンジメントもやったけど、僕は生け花のほうが楽しかったんだ。枝ものと花の組み合わせが面白かったし、投げ入れとかが好きで。フラワーアレンジにはない活け方のアレンジの幅が広くて」  やわらかな語り口だが何を話しているのか、祐樹にはよく理解できなかった。ただ東雲が生け花が好きで情熱を傾けていることは伝わってきた。  並ぶと少しだけ東雲のほうが背が高い。でも肩幅や体つきは祐樹よりもずいぶんとしっかりしている。   生け花展で見たような木のような枝や大量の花を活けることがあるなら、意外と体力を使う仕事なのかもしれない。  そこで「先生お願いします」と生徒さんから声がかかり、東雲はその女性の作品を見に行った。  綾乃のようすに目をやると、棚のまえで真剣な顔つきで花器を見比べている。初めて見る綾乃の表情にちょっと驚いた。 「どうしたの?」 「花器をどれにするか迷ってるの。きょうの花材にどっちがいいかなって」  先に花を見てから花器を選んでいるらしい。色の組合せとかを考慮するのかもしれない。  花にも生け花にも興味のない祐樹にはどっちがいいか答えようもないので黙って見守ることにする。

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