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第33話

 生け花展から二日後、無事にレポートを提出した綾乃は学内で大澤に会って、大澤から東雲と話したことを聞いたらしい。  その夜には電話をかけてきて祐樹にも話を聞きたがった。  彼の作品のファンだったそうで、綾乃の話から、東雲が若手華道家として注目株の人物だと知った。  わたしも会いたかったなあと言うので、そういえば名刺をもらったと思い出してそう言ったら、さっそく電話するように頼まれたのだ。ぜひ見学に行きたいと。  綾乃の頼みをもちろん祐樹が断れるはずはなく、すこしばかり気まずく思いながら名刺の番号に電話をかけた。 「あの突然すみません、生け花の展示会でお会いしたんですけど、最後の日に、紙細工の街の前でお会いした高橋といいますが…、…あの、ええと」   電話で知らない大人と話すという場面にあったことがないので、しどろもどろになりかけたところで、東雲が受話器の向こうで笑う気配がした。 「ああ、祐樹くん?」 「なんで名前…」  東雲からは名刺を渡されたが、自己紹介した覚えはなかった。 「きみの先輩が呼んでたからね、祐樹って」 「ああ、そうか。それで…」  祐樹はちょっと言いよどむ。あの時、生け花には興味ないと言っておいて、彼女と見学に行きたいなんていいづらかった。  どう話したものかまよう祐樹に東雲はやさしく問いかける。 「きょうはどうしたの? なにかあった?」 「はい。あの、おれ、高橋祐樹といいます。それで、お電話したのは、チケットくれた生け花やってる人と一緒に見学させてもらっていいか訊こうと思って」  緊張しているのは声で伝わっただろう。  東雲は電話越しにもわかる笑みをにじませた声でいつでも大歓迎だよ、と言い、教室を見学したいなら夕方からのクラスがあるからと曜日を教えてくれた。  電話で聞くとあの時感じた、聞きやすく張りのある声はより艶めいた響きがあるように感じられて、祐樹は電話を切ったあと無意識に詰めていた息をほっとついた。

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