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第34話
教室内のようすを見ると、生花教室という場所は講義を聞くような習い事ではないらしい。
数人いる女性たちは、どこのレストランがおいしいとか、簡単料理のレシピとか、彼氏の不満だとか自由におしゃべりを楽しんでいる。
合い間にこの枝の長さはどれくらいがちょうどいいかとか、この角度でいいのかとか生け花についての会話が入る。初心者もいれば、けっこう長く習っている人もいるようだ。
「紙細工の街、見たかったな」
「ああ、あれは倉庫というか、準備室って呼んでるけど、そこにしまってある。展示のときとは違う状態だけど、それでもよければ見る?」
祐樹のつぶやきに、背後から返事が返ってきて、驚いて振り向いた。東雲がすぐ近くに立っていた。
「え、いいんですか?」
「構わないよ。でもほんとに置いてあるだけだけど、それでもいい?」
綾乃のほうを見たら、真剣な顔で花と鋏を持っていたから、祐樹は声を掛けずにふたりで部屋を出た。
廊下を歩いて東雲のあとについて自宅のほうに入り、短い階段を下りる。東雲が突き当りのドアを開けた。
半地下の倉庫らしくあかり取りの窓が上部にあって、それなりに明るかった。
両側の壁は作り付けの棚になっていて、やはりたくさんの花器や水盤が並んでいる。さっきの教室にある棚のものと、入れ替えて使ったりするのかもしれない。
反対側の大きな棚には、さまざまなオブジェか展示材料か、祐樹にはよくわからないものがたくさん置かれていた。その右隅に紙細工の街のビル街が寄せられていた。
うすぼんやりとした明るさの倉庫なかでは、展示場で見たときのように、ぱっと世界が変わるような魔力のようなものは感じられなかったが、ふしぎに祐樹を惹きつける空気はまだ持っていた。
紙でできたビル街は冷たいようでいて、その質感のせいかあたたかいような感じもして、触れてみたくなる繊細さがあった。
まどろむような倉庫の静止した空気の中で、架空の街は穏やかな眠りについてひそかやに呼吸しているみたいだ。
「あのときもずいぶん熱心に見てたよね」
「はい。なんだか目が引き寄せられる感じがしたんです。いまもそんな感じです」
「そんな風に言ってもらえると、とてもうれしいね」
「花はないんですね」
わかっていたが残念に思って口にしてしまう。
「ここは保管しておくだけだから」
「あれ、なんていう花だったんですか?」
大きくてひらひらした紙みたいなかんじの花だった。
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