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第35話
「アメリカ芙蓉。あれは1日で枯れる花だから、毎日取り換えなきゃいけなくて、展示に出すのはちょっと大変だったけど、どうしてもあの花のイメージが必要だったから使ったんだ。近場だから毎日取り換えに行けると思ってね」
「あんな大きいのに1日で枯れちゃうんですか?」
「そう。地植えでも朝開いたら夕方にはしぼむよ。次々咲くからけっこうきれいだけどね。見たことない?」
「…ないと思います。あっても気づいてないっていうか」
首をかしげながら祐樹が答える。
道にどんな花が咲いていようとも気に留めたことはない。
道端に咲いていて祐樹にわかるのはチューリップとタンポポくらいのものだった。
正直にそう言ったら、東雲はあきれることもなく、普通はそんなもんだよとうなずいている。
「じゃあ、今度見に行く?」
あっさり誘ってくる東雲の顔を、祐樹はちょっと戸惑って見返した。
どういうつもりで誘っているのだろう。
教室に来る生徒みんなにこうして声をかけているとも思えないし、そもそも祐樹は生徒でもない。
「ああでも、芙蓉は夏の花だからもう今年はシーズン終わってるな。来年だね、機会があればどう?」
祐樹が返事をするより早く、たった今の誘いをさらりとかわすようなことを口にする。表情はやわらかいままで、何を考えているのかよくわからなかった。
「そうですね」
本気なのか単なる気まぐれで口にしたのか判断できず、祐樹はどうとでもという気分でそう返した。
来年のことなんてまったく予想もつかないし、大人の彼と連絡を取っているとは思えない。
今回だって、綾乃がせっつかなかったら祐樹は東雲に連絡しなかったはずだ。今後もつき合いが続くような関係ではない。
でも東雲は祐樹の返事に「じゃあ約束だよ」と頭をぽんぽんとして、ついでのようにさらりと髪をなでた。
大澤にもそうやってよく髪を触られたことを思い出す。
祐樹がかわいいからつい撫でたくなるんだ。大澤はそんなふうに言っていた。
東雲も自分を見るとそんな気分になるんだろうか。
困惑したまま見つめる先で、東雲はふわりとやわらかく微笑んだ。
教室に戻ると綾乃はちょうど活け終えたところらしく、祐樹に手を振った。
「祐樹、どこ行ってたの? ね、これどう?」
綾乃ができた作品を祐樹に見せようと正面を譲った。
「うん、とてもきれいだと思う」
正面から見てみたところで、生け花に対してそれ以上の感想を持たない祐樹は無難に答えた。
「ふふ、ありがと」
そんな感想でも綾乃は満足そうに微笑んだ。
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