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第52話

 生の緑や花の香りが漂って、一気にそこだけ華やかな雰囲気が広がった。女性2人と男性1人がいて、そこで東雲は祐樹を紹介した。 「彼は祐樹くん。手伝ってもらえることになったから、やさしく教えてあげてね」  なんとも適当な紹介だったが、3人のスタッフはにこにこと笑って、よろしくとうなずいた。急に手伝いを引き受けてくれたということで、彼らは初対面の祐樹を歓迎してくれてほっとする。 「上着脱いで、このエプロン使ってくれる? それって少しくらい汚れてもいい服?」  ごくふつうのシャツとパーカーにジーンズだ。頷くとよかったと顔をほころばせた。花や木を抱えるからけっこう汚れてしまうこともあるらしい。  室内は暖かかったのでパーカーも脱いで、シャツの上に防水仕様のエプロンをつけた。 「あれ、バイトの子、来たんですか?」 デパート側のスタッフなのだろう、胸に名札をつけたスーツの男性が東雲に声を掛ける。 「ううん、今そこでナンパしてきた」 「え、うそ、まじですか?」 「まじで。っていうのは冗談で、知り合いなんだ。でもそこでばったり会って急に声かけたのはほんと」 「ばったりですか、天の助けですね」  彼と親しげに軽口を交わしながら、東雲の手は驚くべき速さでバケツに入った枝や花を仕分けしている。 「祐樹くん、こっち、この長さで水のなかで茎を切ってくれる? 冷たくてごめんね」  50本ほどのまだ蕾の花が入ったバケツと鋏を渡された。花の名はわからないが、緑の茎が太くてみずみずしい。  最初に1本切って見せてくれたので、その通りに先を水につけたまま鋏で切る。水は冷たいが、しゃくっと音がして切れ味よく茎が落ちるのが気持ちよかった。  それが終わると次はこれを切って、あっちを運んで、この枝を押さえていて、と東雲やそれ以外のスタッフからも次々指示を出された。  おとなしく黙々と作業をしながら、祐樹はそっと東雲の真剣な横顔を盗み見る。やわらかな雰囲気の東雲が、仕事の場ではとてもきびきびと動き回っているのが新鮮だった。  生徒の指導をしていた時の、親しみやすい感じとはまた違って、きょうの東雲は男らしさや力強さを感じる。

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