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第54話

 生け花の仕事というと優雅で繊細なイメージを持っていたが、実態は全然違うらしいと、ほんの数時間手伝っただけの祐樹にも理解できた。  花器や土つきの枝などけっこう重いものも運ぶし、水のなかでの作業も多いから手も冷える。  枝の太いものはのこぎりで切ったり、飾り付けのオブジェは結束バンドで止めたり針金で巻いたりと、もはや祐樹のイメージする生け花ではない。  作業にはかなり体力が必要だし、地味に握力も必要だ。東雲が男子である祐樹の手伝いを喜んだ意味がようやくわかった。  でもそうやって創りあげられた作品は、東雲の雰囲気をどこか反映して優雅だった。  途中、差し入れのドリンクをもらって休憩し、そのあと別のフロアでも作業をして、気が付いたら夜の8時になろうとしていた。 「ごめんね、こんな遅くまで。家は大丈夫?」 「さっきの休憩のとき、電話したから平気です」 「そう。だったらよかった。送ってあげたいけど、まだ作業が残ってて帰れないんだ」 「電車で帰れます。それよりまだ途中みたいだけどいいんですか?」 「うん、祐樹くんがすごく頑張ってくれたから、ちゃんと予定通りすすんでる。あとは閉店してから、表のウィンドウの作業だから。本当に助かったよ。どうもありがとう」  東雲に声をかけられたのが3時過ぎ、結局5時間ほど手伝っていたが、とても早く時間が過ぎてそんなに経ったとは思えなかった。 「これ、きょうのバイト代」  すっと白い封筒を渡された。ありがとうございますと礼を言って、開けもせずに祐樹はポケットにねじ込んだ。  一礼して着替えに行こうとすると、東雲がそっと祐樹の肩を引き寄せた。シャツ越しに伝わってくる体温にどきりとする。 「今度、あらためてお礼させてね。電話してもいいかな?」 「いいです、お礼なんて。ちゃんとバイト代もらいましたし」 「電話したら迷惑?」 「あ、いえ、そういう意味じゃないです」 「そう、よかった。じゃあ、また今度。きょうは本当にありがとう」  また今度って。  祐樹が口を開くまえに、スタッフから呼ばれた東雲はするりと祐樹から離れてしまう。ふと振り返り、まだぼんやりと東雲の後ろ姿を見送っていた祐樹にふわりと声をかけた。 「気をつけて帰ってね、祐樹くん」  最後に名前を呼ばれて、そのやわらかな声の余韻に、祐樹はあまやかに気持ちが落ち着くような感じを味わった。

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