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第56話
そんなもやもやを抱えたまま2月になり、バレンタインデーは綾乃の部屋に遊びに行くことになった。
生チョコケーキを焼くから食べに来てねと誘われたのだ。生チョコケーキは前日の夜に焼いて冷やしておくものらしい。祐樹はいいよと気軽に返事をした。
「祐樹、お前わかってるか?」
放課後の教室で、河野は祐樹にこんこんと言い聞かせている。
「それはケーキを食べてもらいたいんじゃない、あたしを食べてってことだからな。そこんとこ間違えるなよ」
「いや、だから。なんで河野にそんなことわかるんだよ」
「わかるに決まってる。部屋に誘われてるんだろ。しかもバレンタインデーだろ。その気があるに決まってるじゃんか」
河野が自信満々な態度で言い切る。
そうだろうか? 綾乃はそんなつもりで誘ったんだろうか?
「でも部屋にはもう何回も行ってるよ」
祐樹の反論に、河野はますますあきれた目を向ける。
「えー、それでなんにもしてないのかよ」
「なんにもってわけじゃないし。ちょっといちゃいちゃしたりとか…」
猥談によわい祐樹は口のなかでもごもごと反論した。この手の話題は苦手だった。
相変わらず、綾乃に対して欲望なんて感じない。この年頃の男子なら、彼女ができればキスしたいし触りたいと思うものらしい。
もっとはっきり言うなら「やりたい」と凶暴な気分になる同級生も多いようだ。
ふたりきりの部屋でなんとなくそういう感じなのかなと思ってキスはするし、抱きしめてみたりもするけれど、そこまでの衝動は覚えない。
自分はどこかおかしいんじゃないだろうか。
最近になって、祐樹はそんなふうに思いはじめていた。
そんな祐樹に河野は指を突きつけ、胸をそらすようにして宣言する。
「とにかく祐樹。夏からつき合ってるんだから、いいかげん次のステップに進む時期だって」
「…まあ、そんな雰囲気になったら?」
「そんなんで大丈夫かよ。ちゃんと持ってる?」
「何を?」
「ゴム」
祐樹は目をぱちぱちさせて、それからぱっと顔を赤くした。
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