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第57話
「……持ってない」
はあと河野はため息をつき、やるよとカバンから出した四角いパッケージをふたつ祐樹に握らせた。祐樹はぎょっとして、あわてて手を引こうとする。
「え、いらない」
「じゃあ途中で買っていくのかよ? 制服で?」
祐樹は黙り込んだ。どういう顔をしていいかわからなかった。耳まで赤くなったまま、うつむいて手のなかの薄っぺらいパッケージを見つめた。
たしかに制服では買いづらい。しかもきょうはバレンタインデーで、今からデートですっていう時間帯で。
…え、きょうこれ、本当に必要になるの?
なんだか頭がぐらぐらする。一気に酸素が薄くなった気がした。
欲望もときめきも感じないのに、セックスなんてできるのか? 綾乃としたいなんて思ったことがないのに?
顔を赤くしてうつむいたままの祐樹を照れているのだと思った河野は、ぽんぽんと祐樹の背中を叩いてアドバイスした。
「年上の彼女が用意してるかもだけど、でもそれは使わせるなよ。ちゃんと男のほうが用意してあるっていうのが大事なんだからな」
経験者の河野の言葉には説得力があるような気がする。
「…うん」
「祐樹がしたいって言えば、絶対断られないんだから、自信もっていけよ」
「…うん」
本当にそんな場面になるのか自信はないが、とりあえず、祐樹はそれをカバンにしまった。使うかどうかわからないけれど途中で買えそうもないし、用意があって困るものでもないだろう。
それを見て、河野は満足そうにうなずいた。
「よし、じゃあ楽しんでこいよ!」
「…うん」
祐樹は混乱してくらくらする頭を抱えたまま、ぎくしゃくと足を踏み出した。自分がどこに向かっているのか、まったくわからなかった。
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