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第86話

「祐樹くんはいま、特定の人はいるの?」  東雲から恋愛絡みの質問をされたのは初めてだった。心のなかでは緊張感が漂うが、去年から鍛えたポーカーフェイスで平静な顔を作ることに成功する。 「いえ、特には」 「彼女、いないんだ?」 「はい」 「そう。じゃあ彼氏はいる?」  やわらかな微笑みで平然と訊かれ、祐樹はなんとか平静を保とうとするが、心臓が急速に鳴りだすのは抑えられない。  祐樹が同性に惹かれるタイプだと気づいている? というよりここはジョークで笑うところ? 本気で返事するところ?   わからないまま平坦な口調で答える。 「いえ、それもないです」 「そう? それはよかった」  にっこり笑う東雲に、なにがよかったのか問うべきなのか流すべきなのか祐樹はさらに困惑する。  警戒して身を固くする祐樹に、東雲はなんでもないように手を伸ばし祐樹の前髪をかきあげる。  動揺する祐樹にいたずらっぽい笑みを見せたあと、目線をまえの秋色の山に向けた。つられて祐樹も前を向く。 「祐樹くん、雰囲気変わったよね」  話題が変わってほっとする。 「去年から思ってたけど、ぐっと大人っぽくなったね」 「そうですか? …まあ、もうすぐ18になるし」  東雲と出会ったのは高1の夏の終わり、15歳のときだ。たしかにまだ子供っぽかったのかもしれない。  初めての彼女ができたばかりでまだ童貞で、自分の性癖に疑問を持っていなかった頃。 「もうすぐ? いつ?」 「来週、誕生日なので」 「そうか、もう18歳か。…たしかに大人だね。それになんだか、色っぽくなったよね」 「ええ?」  色っぽいなどと言われ、動揺して頬に血が上ってしまう。 「勘違いじゃないですか。男が色っぽいって…」 「ほんとだよ。もともときれいな子だなって思ってたけど、前回会ったとき、あ、今までと全然違うって思った」  その東雲の台詞にどきっとする。東雲と前回会ったのは6月だ。  2月の終わりに大澤と初めて寝てから何度か体を重ねて、同性とのセックスに慣れたころだった。

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