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第87話

「だからてっきり誰かいるんだと思ったんだけど」  おそるおそる隣りに立っている東雲を見上げた。その整った顔が近づいたかと思うと、唇にさっと触れて離れていく。  現実感がなく、東雲が身を起こすのをぼんやりと見ていた。 「いま…、キス、しました?」 「うん、したね」 「なんで?」 「かわいかったから」 「…かわいいって、男だし」 「そうだね、でもほんとにかわいいんだ。いやだった?」 「いいえ」  いやじゃないです、という返事は考える前にしていた。  悪びれずに笑う東雲を見ていると、さっきから動揺している心臓がさらにどきどきし始めた。 「それってなんか、口説かれてるみたいに聞こえます」 「そうだよ、口説いてるつもりなんだけどな。俺、どう?」  え、これって告白?  東雲さんはおれが好きなの? 「どうって言われても、え…本気、ですか?」 「もちろん。そうだな、受験が終わったら、俺とつき合ってみる?」  受験が終わるのは2月だろうか。それまで待ってくれるらしい。 「子供には興味なかったはずなんだけど、祐樹のことはとても気になった。だから何度も誘ってみたんだ」  あ、呼び捨てにされた。  とくんとひとつ、胸が鳴る。 「最初から、おれを…好きだった?」 「うーん、そこまでは言わないな。さっきも言ったけど、子供だと思ってたし。でもちょっといいな、気になるなって感じでたまに会いたい、みたいなね」 「つまり成長度合いを確認する感じ?」  その言葉に東雲が声を上げて笑う。ああ、プライベートの笑い方、となぜかうれしくなる。 「いやまあ、そう言ったら身もふたもないというか。ああでも、うーん、そうなのかも。無意識に俺好みに育つか見守ってたのかな」  なんか変態おやじっぽいな、とひとりで仏頂面になる。そんなところも悪くないと思う。 「それで、おれは東雲さん好みに育ちました?」 「育ってなきゃ口説かない。一緒にドライブデートしてるだけでも良かったけど、急に大人っぽくなってなんだか憂い顔が色っぽいし、6月に鎌倉に行ったとき、あ、もう恋愛対象になったなって感じたんだ」  臆面なく口説き文句を繰り出してくる東雲に、祐樹はくらくらしていた。  東雲みたいな大人の男性に告白されるなんて、現実だとは思えない。からかわれてるんじゃないかと疑うが、東雲にそんなことをする理由がない。  どうしよう…。

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