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第89話
その後、東雲とは11月の終わりに一度だけ会った。
いつものドライブデートではなく、遅くなったけど誕生祝をしようと誘われて、学校帰りに制服のままで駅前で待ち合わせて食事をした。
店は祐樹がリクエストしたアメリカンサイズの巨大ハンバーグが有名なレストランで、種類の豊富なサラダバーとチーズがたっぷりかかった700グラムのハンバーグをがっつり食べて祐樹はとても満足した。
「やっぱり高校生だね。見ていて気持ちいいよ」
祐樹の食べっぷりに東雲は目を細めて笑う。
「すいません、学校帰りでお腹空いてて」
兄たちといる時のようにガツガツと食べてしまって、きまり悪くなる。
もう少しゆっくり食べるようにしないと。
ゆったりと食後のコーヒーを飲んでいる東雲を見て、もっと食べ方に気を使おうと決心した。
「いや、楽しいよ。おいしそうに食べてる姿見てるの」
誕生日の贈り物には明るいグレーのニットキャップをくれた。
友人に贈るような地味な包装で、特別な感じがないのがよかった。
シンプルだけどやわらかくざっくりした網目のそれは、とても手触りがよくて、祐樹の小作りな顔によく似合った。
「受験勉強は大変?」
「うーん。大変と言えば大変ですけど、問題解けるようになるとゲーム感覚で楽しいときもあります。家に経験者がいるので、アドバイスもらえたりするのは楽ですね」
「お兄さんたちと仲いいんだっけ?」
「最近はだいぶ話すようになりました。前はケンカばっかりでしたけど」
上の2人はすでに就職しているし、達樹ももうすぐ大学を卒業する。大人になった兄弟とケンカすることは減って、普通に大人の会話をするようになってきた。
「そうだね、大人になると兄弟って有難いかもしれないね」
「東雲さんは兄弟いるんですか?」
「弟と妹が1人ずつ。2人とも華道とは関係ない仕事してるよ」
帰り道、東雲は一緒に電車に乗って祐樹の最寄駅まで送ってくれた。移動はいつも車だったのでなんだか新鮮だった。
別れ際、合格祈願のお守りを渡されて、それで、受験が終わるまで会うつもりがないんだとわかった。
そういうさりげない配慮ができるスマートさに、やはり憧れを持ってしまう。店にいるあいだも告白したことなんかこれっぽっちも出さないで、今までと変わらない態度だった。
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