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第90話

 自宅までの道をゆっくり歩きながら、祐樹は東雲さんを好きになれたらいいのにと考える。  たぶん寝るのは抵抗ないだろう。もともと大人の男性として憧れているし、ひそかにお手本にまでしているのだ。  つき合おうなんて言われなくても、もし誘われたら拒まない気がする。そのくらいの好意はじゅうぶんあった。  いや実際はすでに、こうして告白までされているのだけど。  うん? 人として好きで、寝るのに抵抗ないんなら、じゃあ、つき合ってみればいいってことじゃないの? なんでおれ、ためらってんの?  誰かとつき合うということに臆病になっている自分に祐樹は気づく。  女の子たちと頑張ってつき合ってみた弊害なんだろうか、恋愛感情を持てない自分に期待するのがしんどいのだ。  またあんなふうに、自己嫌悪を感じるだけで終わるんじゃないかと臆病になっていた。  自分が男性に惹かれるタイプなのだと自覚はあるし、大澤とセックスして欲望あらわというのも理解できた。  でも相変わらず、ときめきやドキドキはわからないままだ。  大澤との仲はセフレというのか親しい先輩後輩というのか、信頼しているのは確かだけれど恋愛には発展しそうにない。  東雲とはどうだろう?  何度もドライブしたり美術館に行ったりして、一緒にいるのは居心地がいいと感じている。大人の彼に憧れもある。  おれって情緒的になにか足りないのかな。  恋愛体質ではないのはわかっているけれど、誰かを好きだと思ったことも、触れたいと切望したこともなかった。  以前よりも、こういう感じがいいなと思うことは増えたが、それはほのかな思いで告白しようとか、自分のものにしたいとか、そういう能動的な衝動につながったことはまだない。  それでなにか困ることなどないが、なんだか寂しい人間のような気もする。  まあ、いいか。努力して誰かを好きになれるわけじゃない。  高2の1年間で試して、いやと言うほど思い知ったことだ。  コートのポケットのなかでお守りに手が触れて、それをぎゅっと握り締める。  わざわざ買ってきてくれたその気持ちがうれしい。東雲を好きになれたらきっと大事にしてくれるんだろうと思う。  ひとまず今は考えないでおこう。  受験が終わるまで、時間をくれているのだから。

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