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第92話

「先輩も研修、頑張ってくださいね」 「おう。またな、祐樹」  改札を抜け、ふたり向かい合って挨拶をする。反対方向の路線だからここでお別れだ。 「俺はすごく楽しかったよ。元気でな」  なにがとは言わず、大澤はいつものように祐樹の頭をさらりと撫でて、いつもの足取りで向かいのホームに行ってしまう。  大澤の大きな背中を見送って、祐樹はふいに泣きたいような心細い気持ちになった。胸にこみあげる寂しさに驚く。 「いやじゃないし嫌いじゃないけど、苦手なんです」  中学生のときも高校生のときも本人を前にそう言った。それでも大らかに笑って受け入れてくれた人だった。  親友にも家族にも打ち明けられない秘密を話せて、大澤のまえでだけは王子さまの仮面をつけることなく素のままでいられた。  甘え放題に甘やかしてくれて、セックスの相手でもあった人だ。知り合った最初から、ずっと祐樹を助けてくれて見守っていてくれた。  中学1年で出会って6年間。気が付けば、いつの間にかこんなにも信頼していたのだ。  そのことを唐突に理解して、祐樹は踵を返すと階段を駆け下りた。  反対のホームにもう電車は来ただろうか?   人の多い通路を突っ切り、人波をぬって階段を駆け上がる。ホームに上がって小走りに大澤の黒いコートを探した。  もう行ってしまっただろうか。目をこらして必死に首をめぐらせた。 「大澤先輩!」  祐樹の声に、前方を歩いていた大澤が振り返った。息をはずませている祐樹を見て、目を瞠って驚いている。 「どうした? 忘れ物か?」 「はい」  すこし息を整えた。  得体のしれない熱い感情が湧きあがってきて、衝動的に走ってきてしまったけれど、なにを言いたかったのかよくわからない。  とにかくこのまま別れたくなかった。だから、心に浮かんだままを伝えた。 「あの、いやじゃないし、嫌いじゃないし、苦手でもないです。おれ、先輩がすごく好きです」  なんだこれ、告白みたいじゃん。  焦るあまり、おかしなことを口走っている気がしてきた。かーっと一気に顔が熱くなった。聞いている大澤も目を丸くしている。

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