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第93話
「先輩にはずっと甘やかしてもらって、すごく信頼してました。その、つまり……すごくすごく感謝してます。ほかの誰よりも……」
胸の奥にこみ上げてきたさみしさで言葉をつまらせた祐樹に、大澤が静かに笑いかけた。いままで見たことのない、ちょっと切なげで泣きそうな静かな笑顔。
「うん、わかってる、祐樹。俺もお前が大好きだよ」
その一言で、ああ通じたと思えた。祐樹の気持ちはちゃんと伝わったのだ。
アナウンスとともにホームに電車が入ってきた。
「6年かかって、ようやく懐いたか」
切なげな表情のまま、温かな声で大澤がつぶやいた。
「色々、全部、ほんとうにありがとうございました」
精いっぱいの気持ちを込めて、祐樹が深々と頭を下げた。この6年間で初めてのことだった。
ぽんと軽い感触がして頭をなでられ、大きな手が離れた。もうこうして頭を撫でられることもないのだ。
電車の扉が開く。
「じゃあな」
顔を上げると、乗りこんだ車両のなかから大澤がかるく手をあげるのが見えた。
手を振りかえすことはなぜかできなくて、祐樹はただ扉が閉まって大澤が遠ざかっていくのを見送った。
合格発表のあと、時間があるうちにと、祐樹は毎日アルバイトに明け暮れていた。学校はすでに自由登校になっていて、次に行くのは卒業式だ。
大学生になったら親から小遣いはもらえないのが高橋家のルールなので、今後の小遣いを貯めておかなくてはならない。
大学生活でいくら必要なのかまだよくわからないが、自宅住まいなのでバイト代をすべて小遣いに使えるのはありがたい。
達樹の紹介で引越し屋のアルバイトをしていたが、何しろ年度末の引っ越しシーズンだ。毎日2,3件の引越しを掛け持ちする忙しさだった。
学生が移動する時期でもあるので、単身の引っ越しパックにつくことも多かった。学生アパートに行くと大澤を思い出した。
今ごろは会社の研修所で頑張っているのだろう。きっと仕事のできるきちんとした大人の男性になるんだろうなと、大澤の大きな背中を思い出す。
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