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第96話

 あらかじめ食事をしないと断ったので、窓に面したソファ席に案内された。大きなソファに東雲と横並びで座ると、なんだか急に心臓がどきどきしてきた。  冬の透き通った空気のなかで、大きなガラス越しに夜景がきれいに広がっている。ふたりともお腹は満たされていたのでコーヒーだけを頼んだ。  ソファのまえのテーブルにコーヒーが出され、祐樹は無意識のうちにぎゅっと手を握っていた。 「祐樹、緊張してるの?」  見透かされて、祐樹は耳まで熱くなった。落ち着けと言い聞かせても、鍛えたはずのポーカーフェイスがちっとも役に立たない。 「…なんか、久しぶりに会ったから」 「おでん屋では平気そうだったのに?」  東雲がおかしそうに祐樹の顔を覗き込む。至近距離で肩が触れた。  さっきの店で緊張しなかったのは食事があったからだ。しかも食べたことのないものがいろいろ出てきて、話題に困らなかったから。  でもこうしてまるでふたりきりみたいな空間で、密着するように座るといやでも東雲を意識する。  いまだに信じられないが、こんな大人の人につき合おうと言ってもらっているのだ。 「なんか、めちゃくちゃかわいいな。触っていい?」  祐樹の照れる顔が気に入ったのか、東雲は獲物を見つけたように目を細めて楽しげに祐樹の髪に触れる。さらりと撫でて、そのまま手の甲で頬にも触れてくる。  心音がさらに早くなる。  大きめのソファはいわゆるカップル席のようで、背もたれが高めでサイドもすこしカーブしたデザインだ。つまり人から覗かれにくい。  そのことに気づいた途端、かーっと頭のなかが熱くなった。 「返事、くれるの?」 「はい」  さっきからずっと目を細めて楽しげに笑っているから、祐樹の返事なんてとっくにお見通しだろう。  でも東雲はちゃんと待ってくれたのだから、きちんと返事をしなければと思う。 「東雲さんとつき合いたい、です」  なんとか目線を合わせてそう告げた祐樹に、うれしいよと東雲がきらめく笑顔を見せた。ほっとした祐樹がふぅと思わず息をつくと、肩を抱かれて頬をなでられた。 「新鮮だなあ、そういう反応。…どうしよう、きょうは何もしないつもりだったんだけど」  不穏なつぶやきに祐樹がぴくっと反応して反射的に身を離そうとするのを、腰に腕を回して抱き寄せた東雲に押さえられた。  静かに、と耳元でささやかれてかっと発熱したみたいにそこが熱くなる。

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